木の下
GM
[2012/07/13 03:16]
あの齢の子が、空想を空想の中だけで収めることが出来るかどうかを、私は見誤っておりました。
・・・いいえ。
見誤っていたのではなく、あの子は聡く大人しいと、私の都合で思い込んでいたのです。
私がどんなに坊ちゃんを楽しませようとも胸の奥では、
ルイネ坊ちゃんは浮ついた行動を起こさないお方だ、と決めつけていました。
その方が私には楽で、都合が良かったのです。
今、私はそう思います。
坊ちゃんの部屋を訪ねるのを、この時は後回し後回しにしている自分がいました。
本来なら、そう・・・すぐにでもノックしなければならないのに。
―――私が今までやってきたことに対する、一つの答え。
それが今夜だと思いました。
どうしてでしょうか、そして私は今夜にちっとも期待を持てませんでした。
ルイネ様。
私はあなたを不自由にさせていたでしょうか。
神様。
―――――・・・。
ノックもせずに扉を開きました。
私の心に穴が開きました。
坊ちゃんは、いませんでした。
「・・・月が・・・」
開け放たれた窓から、カーテンを靡かせて風が入りこみます。
金貨のような月が窓の向こうで輝いています。
染みのような、封蝋のような模様が月の表面に浮いているので、つい眺めてしまいました。
寂しい、と思いました。
私が守ろうとしていたものが、窓からするりと抜けていってしまいました。
小さな彼の心に、私の暖かさは存在しているのでしょうか。
「・・・・・・」
息を一つつくと、少しだけ悪い気分が抜けていくような気がしました。
嗚呼・・・私は少し疲れている、そう自覚しました。
そう、心が少し弱っているのは、疲れたからなのかもしれません、
この寂しさも、きっとそうです。
川の音は、少しのノイズをかき消します。
若い女性の声がすると気がついたときは、窓の側に佇んでしばし経ってからでした。
月明かりに慣れた目を、私は凝らしました。
あちらは確かに女性です。
どなたでしょうか。
本来の"手紙の主"ならばいいのですが―――私は慌てた気持ちで、ルイネ坊ちゃんの寝室を後にしました。
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「そうさ、僕が"手紙"だよ、ルイネ。元気だったかい?」
「え・・・・・・?」
魔法なの?
「"手紙"って、紙じゃないの?!
お姉さんが、"手紙"・・・?」
うそ、うそ・・・!
僕、"手紙"って、もっと泥だらけで、革の帯は擦り切れそうで、
もっと、もっと、汗っぽくて、ボサボサの、
――――しゃべって動く紙だって思ってた。
「もう一回、言って」
「エグランチエ、ですわ」
そういうお姉さんは、キラキラしてて、確かな生命力を感じる佇まいで、
僕は、月夜のドキドキを思いっきり実感した。
「・・・元気、 だった!」
元気じゃなかったかもしれないし、元気だったかもしれない。
ルイネ、忘れちゃったよ。
だから今、前のことを本当のことにしよう!
「すごく元気だった!」
だから会いにきたよ。
「野薔薇、もっと聞かせて。
冒険のお話!」
そう言ってルイネは、木の下に座る。
「朝が来るまでお話してよ。
朝が来てもお話して」
朝が来る瞬間に、ルイネは立ち会うんだ。
野薔薇を見上げて手を伸ばす。
触らせて、その鎧。硬い?柔らかい?
グリフォンと戦ったんだよね。
すごい、すごい!
僕は今、野薔薇を通してグリフォンと一緒にいるよ。
触れたよ。実感した。
たのしい!
ルイネにとって冒険って、希望なんだ。
「冒険って、こわくないの?悲しくないの?」
ルイネは冒険のことを考えると、胸がムズムズするよ。
胸が希望にあふれて、飛び出そうとするんだ。
飛び出したい!
「ルイネも冒険に行きたい・・・」
カビた壁の遺跡は、どんな風が吹くの。
湿った密林に咲く花は、どんな匂いがするの。
切り立った崖から見下ろす平野に架かる虹は、どんな色。
竜はどこに住まうの。
色とりどりの人の市を夢見て、乾いた赤い土をどこまでも歩きたい。
広い海にぽかんと浮かぶ小島が動いてないか、ハラハラしたい。
もう、もう。言葉にできない!
野薔薇の顔を見た。
「行きたい・・・。
行きたい!」
――――坊ちゃん、我侭はいけませんよ。
ルイネの、記憶の中のメリンダが、そう言う。
家の方を見た。
メリンダ。