生きる
「 だコリャ・・・ 」
たまに。
たまーに、そうだ、こういう、イカレたファンレターが届くことが、ある。
ああ、慣れっこさ。慣れてんだ、僕は。こういう類には。こういう輩には。
まただ。
そう、またきた。居るんだ、こういうのが。そういうのがまたきただけだ。
へいちゃらだってんだ、むしろうれしいね、アブノーマル上等だってんだ。
階段をおりながら、
「 ジョージ、ジォョージ!! 」
こんなもんよこしたのは、どんなヤロウだ、教えて聞かせろよ、
って、オヤジは「しらねえ」ッと、よ。
しらねえって、おめえ、
こちとら個室の上客だぞ。
どんなんなってんだココのセキュリチィってヤツぁよ!!
と、半笑いでジョージに詰め寄ったのは、
ココのセキュリチィってヤツがどんなんなってっかなんざ、
僕の方こそ、よォくご存知だってんだコンチクショーめ。
「じゃあ、アレか、勝手に入って、勝手に置いてったってことか?」
いやあ、まだまだ早計失敬。
僕の部屋に勝手に入り込むヤツなんてな、そっこら中にいらァ。
「 パムだべ? 」
誰かに頼まれて、直接届けに来るとかならな。
エグもそうだ、
シナモンも怪しいな、
アースもないハナシじゃねえ・・・
・・・
・・・
「・・・違うなあ、ネギやアースなら、一声ぐらいくれっかんな。」
パムやシナモンじゃない理由?
紙がよごれてもやぶけてもねえからだよ。
「リュシートってセンもあるが、」
だったら、ジョージが出入りを知ってるはずだ。
来てねえだろ?な?
「 ───── ま、いいや、捨てっちまってくれ、」
そう言って、ぼかぁぺらっと厨房カウンターに紙を放って、
足取り軽く、もときた階段を上がっていった。
fin
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「 待った 」
ダダダダダダダっと厨房へ取って返し、
まあ実際そんなに慌てなくとも、ジョージがそんな簡単に人の手紙を、
「 うぉい!! 」
燃やそうとしてんじゃねえよッ!!
真に受けてんじゃねえよッ!!
返せよッ!!悪かったよッ!!
端っこちっとばっかし灰になったけども、ゲットバック。
ぼかぁ、くだらねえクレームなんかは、半分も読まねえでポイッと・・・
・・・ああそうか、どおりでジョージが燃やすわけだ。
そう、そうポイッとやっちまうんだけども、
こいつの手紙は、そこそこ面白かった。終わりまで読めたからな。
あんまり好きになってもらっても、おべんちゃら一辺倒の内容だったり、
マジでイカレてっと、もう支離滅裂でつけてけねえトリップしてやがる。
自覚はあんだよ。
そりゃあ好き勝手なオンガクやってりゃあ、おかしなのも沸いてくらぁ。
読むに耐えねえラブレター貰うぐらい、副作用としちゃあ軽い悩みだぜ。
しかし、なんつーか、こいつには、妙なチセイを感じるな。
今、読み直してる。
廊下歩きながらだから、ぶつかった。誰だ?
ええと、ここだ。
『 完璧すぎて、リアルじゃない 』
テンポのくだりはどうでもいい、好きにやれ。
てかおめえ、テンポが完璧じゃねえから納得できねえとかケチつけて、
いい、いい、そこはいい、もういい、考えるとバカになる、
『 生きていない 』
・・・言うじゃねえか、このやろう、
「・・・言ってくれんじゃねえか、このくそやろう!!」
あ、口に出た。なんでもない、わりぃ、気にしないで。
僕は、部屋の前に立って、考える。
考えた。こいつが、これを、自分で置いていったんなら、
こいつは、僕がこれをちゃんと読むか気になるだろうし、
気になるようなヤツなら、僕がどんな反応をするか、
気になって気になって、仕方ねえんじゃねえか。
そのぐらいの狂気、だったら、持ってそうな期待はできる。
「 グレート 」
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お手紙、どうもありがとう、ファンキーガイ。
熱心でクレイジーなキーワードが散見してて、
クソ嬉しいよ、サノバビッチ・フォーユー!
とてもよくわかるぜ、最高だ、黙ってろ!
伝わるかい?この高揚した愛と平和。
オレにはちっともわからんぜ。大丈夫か?
はははは(笑) おお、使ってみると、ワリとハイだな。
テクニシャンな気分になるぜ。気分だけな。
ユー、ほんとはわかってるんだろ?人が悪いぜ。
驚いたね、逆に、或いは驚いたね。むしろ吹いたね。
まさか、ジョーク半分、"アレ"に気がつくヤツがいるなんてね。
アレだよ、アレ・・・興奮するぜ、身悶えるぜ、夏の恋は幻だぜ。
これは、ある意味、オーディション、である。
わかるな?
そうだ。
あの半拍 ───── 神の領域の、テンポだ。
オレにオンガクを続けさせたかったら、
詩、送ってこい。
あて先は、こちら。
↓ ↓ ↓
どしどしふんどし。
意味はわからないが、最近ホームレスが呟いていたフレーズだ。
気に入っている。
一緒に、トゥゲザー、夢見ようぜ!!
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返事をそっと、自室のテーブルの上に畳み、
僕は、出かけた。
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PL:
クレイジー? 冗談、序の口だろ?
僕はどこかに出かけたぜ!
他にも訪ねどころはあるだろうに、
今日の僕に限って、何故だかこんな街外れに赴いている。
時折、こういう現象・・・四十を越えたあたりからだと思う。
初老に達したからだろうか、と、半ば漠然、衰えの一環としての諦めもあるが、
どうにも自由意志とは言い難い、逆らい難い衝動という支配を感じながら、
今日もまたこのように、まるで自分が望み選んだかのように、
こんな街外れのクソしみったれたボロ屋、
アレルんちくんだりまで、のこのこやって来たのだ。
────────────────────
用がないわけじゃない。
アレルと言えば、そのキザったらしいっつうか、
ナヨっちぃっつうか、カマヤロウっつうかの風体で、
盗賊組合の中でも浮い...目立った存在となっているが、
それ以外、
仕事の成功を重ね、着実に腕を上げてきている成長株として、
いずれなんらかの肩書きを背負う逸材なのではないかと、
鑑識眼定かな、ある方面の有力者、
或いはテメェの保身においちゃ鼻の良く利くチンピラどもの、
未来のリーダー格として、注目を集めている。
もっとも、中にはアレルの実力如何でなく、
"趣味"を満たしたいが為の存在として、手中に収めたいという輩も、
少なかないんだぞォーーーーッ!!ジョj
「 アレール!
アッレール!! アーレル!
居るんだろ、オレだ、開けろ、アレェール、
アレェ?アレル?アレルゥ!アッレェール!?」
・・・居留守かよ・・・ヤロウ、上等だ。
「...チッ、」
僕は舌打ちしながら、家のまわりをネチネチと練り歩いた。
「チッ」
「チッ」
「チッ」
「 アッレール!!クワバッラ!!
アッレール!!クワバッラ!! 」
ブチギレタ僕は、玄関の前で踊り狂った。
「アケロ!アケローン!!ギャオーッ!
アレルゥー、アレルゥーヤ!!アレリストッ!!
ドゥッ!ドゥーヤッ!ドゥヤッ!ドゥッ!
アッレール!!
アッレール!!
さっさとひっこーし、シバクゾッ!!」
干してある布団をバッシバシ引っぱたきながら、
フェスティバルは、今、最高潮を迎えようとしている。
ストリート生まれヒップホップ育ち。
絶え間なく続くコールアンドレスポンス。
オーディエンスの熱狂はこわいくらいだ。
『まだ俺らの時代は始まったばかりだ』
そんなメッセージが狂った朝の光にも似たビートに乗せて、
向かいのばあさんの口から飛び出していく ──────────
本物のヒップホップ。それがここにあるのだ。
我に返る。そんなばあさんいなかった。
僕は掘っ立て小屋のスキマから中をギョロギョロ覗き込んで、
落ち葉などを拾っては、またそのスキマにねじ込んだ。
リュートのストラップに、手が掛かる。
やめや、大人気ないやないか。
来て良かったと思う。
きっと、これでよかったんだ。
すごくスッキリした。
「あ、エッチしにいこ...」
スッキリで思い出した僕は、紫煙に煙る夜の街へと歩き出す。
なにしにきたのか、忘れた。
────────────────────────────────────────
心地よい疲れを帯びた体で帰ってくると、
「手紙が無い。」
現れたり消えたり怖いので、ジョージに聞いたら。
『思い出した』的な話をされて、
「おまえ、おかしいんとちゃう?」
率直な感想が、思わず口からこぼれる。
一瞬険悪になりかけたが、そこは僕が折れてやることにして、
「・・・そうか、じゃあ、今度こそ、
そいつがオレの部屋に勝手に入って、持ってったってことになるな。」
てっきり、密室ミステリーのド定番、
犯人は、まだ部屋から出てなかったのだ!!
一部始終を見てイタゾ・・・ジョj ──────────
という変態紳士からのファンレターかと思ってウキウキしていたのだが、
割と、フツウだった。
ガッカリしながら、不貞寝する。
────────────────────────────────────────
翌日、郵便が届く。
ペーパーナイフが震えて、封がバリバリになる。
トキメキが止まらない。
内容を読む。
ガッカリして、不貞寝する。
起き上がる。
アレルんちに行こうと思う。
続く。
────────────────────────────────────────
PL:
アレルんちに行く日課ができる。
しかし、アレルはいない。
そんなことは重要じゃない。
大事なのは、本物のヒップホップがそこにあるということだ。
住所だと、ここだ。
「こんにちは、おいあけろ。オレだ。居ないのかヒョードル!!」
────────────────────────────────────────
PL:
ポMんちにきたよ
こいつか。
目の前でバタンバタンやられながら、
僕はなんとも言えない顔で、やつが落ち着くのを待った。
そうして、結果的に、やつは留守ってことにしたいんだそうだ。
僕はポケットにねじ込んでた紙を引っ張り出して広げた。
そうか。
「わかった、1時間したらもっかい来っから、」
間違ってた。悪かった。
「したくしとけよ、ヒューゲル。」
────────────────────────────────────────
PL:
したくしとけよ
もう少しで、チューぐらいまではいけそうだった。
遅れること30分。30分ぐらいだと思う。僕の尺度で。
日が暮れた。
どうせならカフェなんかじゃなくて、バーでひっかけりゃよかった。
だが、カフェの方がピュア・クオリティが高いのも事実。
バーだと話は早いが、難度としてはカフェの方がイージーである。
ただし、最終的な到達点をどこに設定するかによって、その緩急のバランスは
どうでもいい。僕だってキメ球を焦ることぐらいある。
「ヒョー・・・ヒュードル、ゲル! 僕だ! 火急の用事で遅れた!」
────────────────────────────────────────
明らかに、むくれている。
テンポに厳しいだとかのたまってたから、時間に厳しいタイプなんだろう。
「・・・悪かったって。
お前だって言ってただろう?
完璧なリズムは・・・なんだ、人間的じゃない?だとか、腐ってるだとか、
そう、緩急だよ。緩急。
待たせることが、空腹は最大?最高?の調味料?材料?
いい、いいそんなことは、小さい、ちいさい!
それよりなに? ここんちはなに、お客にお茶も出さないの?
いい、いいって、飲んできたからいい、いいって!」
話題をズラして、仕切り直した。
「んっ」
って、ヒューが言った。なんだ、なんかキモイ。挙動がキモイ。
「・・・ん、よぅ・・・ょおこ・・・んッ・・・ぉこそけ、ンッ・・・」
「 ん? なんて? 」
「・・・ンンンッ、けン、ンンッ、けんとゥヌマ、もぅいっかい、ンンッ、」
「 沼? 」
「ウ、ンン、けんとうのまノまイェイ、」
「 ウン、イェイ? 」
「 ようこそけん とうのま イェ! 」
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────────────────────
────────────────────
「 拳闘・・・!?
ジ ョ ー ト ー だ !! や っ て や ん よ ッ !! 」
そこまでケジメつけてぇってんなら仕方ねえ、拳で語ってやんよッ!
僕はファイティングポーズを取って、シッシシッシやった。
てめえのガラスジョーに、必殺のガゼルアッパーお見舞いしてやんよォッ!
「 ホラぁッ!!! アゴがお留守だよォ・・・ッ!! 」
ペチンッ、となって、僕らは、仲直りした。
────────────────────────────────────────
「・・・なるほど、この鍋やらタライやらは、そういうことか。」
そう言えば不自然に並んでた食器やらなにやら、
僕はてっきり雨漏りの酷い家なんだと思い込んでた。
「打楽器、リズム楽器の使い手ってのは、その携行性やらメロディ云々から、
確かに、冒険者兼業の詩人にはなかなか見られないな。
居ないこともないが、木琴使ってるのだとか、小太鼓背負ってるのだとかな、
だけどもしっかり合わせられるドラマーってのは、知り合いにも少ないな。
だいたい、オレがやってるオンガクも変わってっからな。
そこらの吟遊詩人がチロチロボソボソやってんのが、お上品でフツーだ。
オレは違うぜ。ギャーンとやって、バーンとでっかい音大会の頂点に居る。
オレはそういう世界のイキモノだ。
それでも、ほとんどのひとは、ただの騒音、ノイズだと言う。
そうさ、まったくその通りだ。
やつらにとっちゃ、下品で繊細さに欠け、情緒の緩急もねえんだとさ。
やつらだって、人数揃えてドーンとでけえ音大会やってると思うけどな。
だけどな、時代が追いついてねえとか、ブンカの違いだとか、
そんなクソみてえな前置き、どうだっていいんだ。
あるひとにはクズで、あるひとにはカネで、あるひとにはもはや宗教で、
音楽なんて、そういうもんだろ?
だから、お前は、テンポで気持ちよくなりてぇってんなら、
なれよ。
ちょっと叩いて見せろよ。
オレも付き合ってやっから。」
って、言ってんのに、また能書き垂れようとだらしねえ口開け始めるから、
「いい、いいやってみろ、いいって、じゃあオレについてきてみろ、」
とりあえず、やってみろって。
http://www.youtube.com/watch?v=AT9rSGm0OgI
「そうそう、そんなカンジでいこうぜ ───── 」
カチャカチャポコポコひでえもんだが、
「・・・テンポにうるせぇってな、ダテじゃねえってか、」
なかなかキモチのいいリズム持ってんじゃん。
さっきまではキモチ悪かったが、いい顔で笑えんじゃん。
────────────────────────────────────────
「ヒュー、おめえのセンスはよくわかった。
悪くねえ。続けりゃそのうちモノになりそうだ。」
それは良いとして、
「おめえの詩人としてのセンスは、壊滅的だな。」
ヒューからの返信をぺらぺらとやって見せ、
「これはどっかタテ読みしたら面白くなるのか?」
これに曲をアテろって言ったら、作曲家が自分探しの旅に出ることになる。
「 いいか、
不可思議なカンジで上っ面だけそれっぽく気を引こうとしたってダメだ。」
お前だけわかってるようなのでもダメだ。
「オレたちのオンガクは、もっとストレートに庶民を刺激しなきゃだめだ。
そうだな、例えば・・・」
僕は、ヒューをしげしげと眺め倒しながら、口ずさむ。
「・・・ホントはわかってた、気づいてた、
認めなくちゃイケナイ、自分自身へのカクメイ、
他人から言われる前に、それが始まりの合図、
俺は大陸生まれ、都会育ち、
ハゲそうな奴は、だいたい友達
ハゲそうな奴と、だいたい同じ
ドラムも叩くが、頭も刺激する、
あきらめないで、叩き続ける・・・」
口ずさんでいるうちに、なぜかボクシングのように激しく手が交差し、
右に左に体が揺れ、チェケラッチョという不可解な言葉が飛び出る。
「・・・例え、例えばのハナシだ、
お前の身体的特徴についてチェk・・・茶化しているわけではない。
まあ待て、これがオレの知り合いのアレルというヤツになると、だ、
ハゲてる奴と、だいたい同じ
オレがアイツを、おいアデラ○スって呼ぶと、
ア○ランスじゃない、アレルですってしつけぇんだアイツ・・・
もとい!
要は、言葉のリズムをもっと活かせって言ってんだ!」
よし、じゃあ、行くぞォ、お前の本当のセンスを試すゾ!!
「 例えば、だ、オレがこう言う ─────
シノギを削ったあの攻防戦 今なお続くここは最前線
刺すか刺されるかそんな雰囲気 U字カウンターに集う野獣ども
店の中から聞こえてくるよ、魂の叫び、並ください!
つゆだくで!」
「・・・」
「 つゆだくで!! ハイッ!! 」
「・・・ハイ、つゆだく一丁・・・」
「遅いッ!!!」
「・・・すみません・・・」
「謝らなくていい!謝るな!テンポが乱れる!お前はテンポだけ考えろ!」
「つゆだくで!」「ハイつゆだく一丁」
「そうだ! ねぎ抜きで!」「ハイねぎ抜き一丁!」
「つゆだけで!」「つゆ、え?つゆだけ・・・」
「考えるな!感じろ!つゆだけで!」「ハイつゆだけで一丁!」
「ちょっとリズム乱れたな!だがそれがいい!汗だくで!」
「ハイッ!汗だく一丁!!」
「ノッテきたぞ!! 痩せようと!」「ハイ思うだけ」
「いいぞォ!! お前はもう!!」「ハイッ死んでいるッ!!」
「 ブッラァーボッ!! よーし、そこまで!!」
スタンディングオベーション。
「いいぞ、いいね、ヤバイね、ヤバイよ、キてるね、キてるか?
逆にキてないね、むしろイっちゃってるね、向こう側にイっちゃったね!」
僕は興奮して、小躍りした。
────────────────────────────────────────
「どない?」
ひとしきり落ち着いて、僕はヒューに尋ねた。
「音楽は魔法だって?
よしてくれ、ミュージックをあんなもんと一緒にしないでくれ。」
勝手に棚からおろしたブランデーをあけながら、
ヒューが鳴らしていたグラスの二つに注ぐ。
「オンガクってのは、数学で、科学なんだそうだ。
オレにはさっぱり、これっぽっちもわかんねえが、そうなんだと。」
ブランデーはいい。そこらにほっぽってても、さほど不味くならん。
「オレはムカシ、お前とおんなじような疑問にあたってる奴に、
音楽で世界は変えられるかって言う奴に、言ってやったことがある。
バカ言うな、変わるわけねえだろ。
オンガクにタイソウな幻想抱くのもタイガイにしろってな!ギャハハ!
だけどな、隣に居るやつぐらいなら、変えられるかもしれねえな。
隣の奴が変われば、その隣の奴にも、なんかちったァ影響あるかもな。
そうやって、なんかの波が、直線でも、円でも、伝わっていきゃあ、
変わんなかったもんが、変わることはあるかもしれねえな。
でもだからって、それが音楽で、ってのは思い上がりが過ぎるぜ。
変わったのは、そいつの中に、変化を望む自分が居たからだ。
音楽は、そこをちょいと揺さぶって、起こしてやるぐらいのモンだが、
・・・たまにな、誇張して肯定しちゃったりしてな、
それでカンチガイして、ヘンな勇気を与えちゃったりすることもあるから、
そうだな、じゃあ精霊魔法ぐらいの力はあるかもな。」
無から有を生むことはない、そういうこった。
「むかし、或るミュージシャンが言った。
今のお前になら、なにか分かるんじゃねえか。」
『 音楽に打ちのめされて 傷つくヤツはいねえ 』
「 乾杯 」
────────────────────────────────────────
PL:
ヒューと友達になってやる。
「あ る、 ・・・日 っと」
あの日以来、僕は酒を飲んでいない。
ヒューとグラス越しに語り合った、あの日以来だ。
───── はねた後、こうやってまた話そう ─────
「・・・あァ、」
寝転んで天井を眺めながら、僕はまた、おんなじ返事をした。
僕はあの日以来、ライブどころか、リュートもほったらかしたままだ。
約束は、随分と先延ばしだ。
酒ってのは、悪い薬と一緒で、
回っちまったら、あとはヨッパらったままでいられると思ってた。
それが、あんな急にシラけちまうなんてこと、
おまけに、あんな風に酒がクソまずくなることなんて、あるんだな。
『 今日は、そろそろ帰る 』
『 初顔合わせだしな、あんまりずうずうしいのもよくない 』
『 また、連絡する 』
ヒューの戸惑った顔が、ひどく他人に感じた。
『 ・・・いや、おまえと話せて、いい詩が浮かんだのさ 』
『 ありがとう、よかった、帰ってじっくり、形にしたい 』
『 また、な ─────
「・・・またな、」
頭で組んだ腕も、少し、疲れて痛くなってところだ。
僕は、ベッドから足を下ろした。
────────────────────────────────────────
あの日以来、ヒューには連絡してもいない。
ヒューから連絡があれば、ジョージから言伝もあるだろうから、と、
そのまま、今のところ、僕たちは、ぷっつりと途切れたままだ。
窓から、通りを見下ろす。
もう、日が落ちる。家路を急ぐ人々が、足早に行き交っている。
僕は今、あの日常の片隅に居る。
草原族であり、冒険者であり、渡世博徒にも片足を突っ込んで、
そして、歌うたい、だ。
とぼけちゃいるが、いやがおうにも、自分が特別になりつつあるのはわかってる。
只の歌うたい、というわけにはいかないことを。
じゃなきゃ、こんなにお天道様を鬱陶しいと感じたりするわけもない。
いろいろやりにくくなった。
だが、いろいろやりやすくもなった。
いろいろ自由も利かなくなってきた。
だが、いろいろ融通も利くようになってきた。
人生は、どうやらツーペイだ。
そろそろ支度の時間だ。
僕は手始めに、僕ってカタガキを一旦止めてみることにした。
知り合いの小料理屋に頼み込んで、板前の見習いをやっている。
僕はしばらく、僕なりのカタギってものを身に付けることにした。
ヒューと向かい合って酌み交わすために、
俺の口先が嘘っぱちで終わらないために、
俺は、地に足をつけて、物事を知ることにした。
────────────────────────────────────────
────────────────────────────────────────
俺は特別なんかじゃない。
俺は、まずおまえと同じ世間を歩いてみないと、
何を語り合おうが、ホントのことには蓋をしたままだとわかって、
あの日、帰ったんだ。
JGはできるから、ジャンは特別だから、
相手の事情を知りもしないで、やってみろだなんて言うんだ。
俺はそう言われたら、どうしたらいい。
俺がなんでもないと思っていることを、
おまえのなんでもないと一緒にしちゃ話にならん。
俺が高いところから飛び降りるのになんでもなかったからと言って、
おまえにも大丈夫だから飛んでみろって言ってるようなもんだ。
そりゃ、そんな悠長なこと言ってられずに、
無理やりにでも飛び降りさせなきゃならないときも、
短くはない人生の中、一度や二度はあるかもしれないがな、
少なくとも、お前と酌み交わしたあの日は、そんな日じゃない。
自分はバクチに勝ったからって、
お前も勝てるからやってみろよ、
そんな胡散臭ェヤツの話、どう聞けってハナシだ。
良かれと思ってだと・・・そんなのが、一番タチが悪い。
挙句、やればできるなんて尤もらしい煽りが、一番クソだ。
だからってな、はじめっから一から十まで、
当たり前に相手がご膳立てしてくれるハナシなんてのもねえよ。
お前がせこい傍観者で終わるかどうかなんて、
ほんの小指の先ほどの、たったそれだけのモンだぜ。
そのたった小指の先っちょほど、こっちに顔を近づけてみろよ。
そして言うんだ。
『 and then ? 』
お前が引き出すんだ。
高いところから安全に飛び降りるためには、
バクチにどうやって勝つのか、
噺家がどう面白いのか、
俺も訊くよ、
今日のテンポがどこで乱れたのか、
リズムを楽しめたのか、
俺の詩は伝わったのか、
お前がくれた、手紙のように。
興味を失うのは、俺がつまらない話をした後だっていいだろう?
友達だ、それぐらい付き合えよ、今度は。
────────────────────────────────────────
よう、ヒュー。
つまんねえことで悩んでるらしいじゃねえか。
オレは煮物の加減で四苦八苦してるところだ。
誰しも、母ちゃんか誰かの真似事から始まるだろ。
どんな偉大な画家でも、だいたい真似から始めてるだろ。
好きなだけ、真似たらいい。
納得いくまで真似たら、これ以上真似ようがないとこまでいけたら、
真似事しかできない、なんてセリフは、そこまでやってからだ。
真似事ってのは、そんなに浅くないぜ。
クラシックオーケストラなんて、壮大なコピーバンドだからな。
要は、なんのために真似てんのかってことだろ。
一生懸命、真似たらいいさ。