窓の向こう

GM [2012/06/17 03:10]
ピィ――――――――――


草原に、青空に、タリカの口笛が響く。

「グレイ」

革の手袋を嵌め腕を天に掲げると、灰色の鷹はまっすぐ水平に羽を広げ、
タリカの腕にとまろうとやって来る。

グレイの羽の一本一本が見えるようになればすぐ訪れる風圧。
前髪はめくられ、タリカの結んだ黒髪が揺れる。
腕には鉤爪で掴まれた確かな感触があった。

「散歩は気持ちよかった?」

声をかけると、最愛の相棒は僅かながら頷いているような気さえする。

「そう」

微笑んで、背を撫でた。

「移動しましょう」



狩りをするのは、生活のためと、腕を鈍らせないため。
オランの街と森林を行き来するその姿は、周辺の農民にもよく知られている。

タリカが丘から降りてきた時、彼女を呼び止める声があった。

「すいませーーーん」

成人したばかりだろうか、まだ若い男だ。
雰囲気からは、少年といって差し支えないようにもみえる。

やや息を切らし、その男は笑みを隠せないでタリカの前に立った。

「や、僕、あなたのこといつも見てました。
 あそこの森でよく狩りをしていますよね。
 僕、そこの家なんです」

初夏の畑は緑々しい。

「あっ すいません。
 あのですね・・・これを」

彼が手渡したのは、後ろのポケットにしまわれていたせいで皺になった一枚の羊皮紙。

「なんだかわからないんですけど、母が朝に『鷹を連れた黒髪の女の人に渡せ』って。
 今日、あなたが来てくれてよかったです」

用事は済んだというのに、男は去る様子をみせない。

「僕、ダリルっていいます」

束の間のあとそう言って、男は満面の笑みを見せ、来た道を走って戻っていった。


誰からだろう。
タリカは、ダリルが皺にした羊皮紙を開いた。


///////////////////////////////////////////////////////

たかの おねえさん

ぼくは すぐ近くに 住んでいるのに
こえが じょうずに 出せないから こえを かけられなかった

ぼくも たかに さわりたい

                   フラン

///////////////////////////////////////////////////////

そして、簡単な絵で地図が書かれていた。

オランの北門から伸びる街道、脇のもり、川。
タリカはこの拙い地図だけでもすぐに理解できた。

「ここ」と書いてあるところが差出人の住む場所なのだろうということも。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――
GMより:
タリカさんはこちら!

最初、グレイに手紙持ってきてもらおうとしましたがその方が難しい・・・!
ということで人づてです。

手紙を届けてもいいですし、遊びに行っちゃってもいいです。
お好きにどうぞ!

しばらくはこちらのカテゴリ「窓の向こう」を使用してくださいませ。
タリカ [2012/06/18 17:51]

今日の狩りは終わり。
獲物はうさぎが2羽。
少ないけれど腕を鈍らせない程度に捕れればいいのだ。
兎は運びやすいように血抜きをしておく。


狩りが終わったあとはグレイを空の散歩に出かけさせた。
ここはタリカにとってお気に入りの場所だった。
グレイもどうやら気に入っているようだった。
自然が豊かで緑が多く、そしてのどかな場所。
普段オランのなかでは窮屈な思いをさせているだろうから、ここに来た時はこうやって空へ行かせている。

さあ、そろそろ帰ろう?


「すいませーーーん」


声をかけられているのは自分だろうか?
声のした方を向いてみれば一人の少年がこちらへ走ってくる。
やっぱり声をかけられたのはタリカだった。
少年は笑みをこぼしながらタリカの目の前で止まった。

「や、僕、あなたのこといつも見てました。
 あそこの森でよく狩りをしていますよね。
 僕、そこの家なんです」

「はい? ええ、まあ」

笑顔の少年の真意が何か図りかね訝しむ。
"そこの家"は畑に囲まれたのどかな風景の中にあった。

「あっ すいません。
 あのですね・・・これを」

「え?、あ、はい」

差し出されたのは一枚の羊皮紙。

なんだろう?

「なんだかわからないんですけど、母が朝に『鷹を連れた黒髪の女の人に渡せ』って。
 今日、あなたが来てくれてよかったです」

少年にもわからないものが、タリカにわかるはずもない。
何かのことづてだろうか。

皺くちゃになった羊皮紙を掴んだまま、これをどうしたものか固まってしまう。


「僕、ダリルっていいます」

「あ、はい、わざわざありがとうございます、ダリル様」


ダリル様が去ったあと羊皮紙を開く。

「これは...」

手紙だ。

差出人の"フラン"という名前には心当たりはなかった。
つたない文章を読む限り、年端もいかない少年からだろうか。

なんだろう?
おかしな手紙だ。

文章と一緒に簡単な地図が描いてあった。
差出人の住んでいる場所もわかった。
ここから近い場所だ。

どうしよう?
このまま行ってみようか?

と思ったが身体のあちこちに血が付いている。
血抜きをした際についてしまったものだ。
おそらく血の匂いも付いているだろう。
どうやら日を改めたほうが良さそうだ。

でも、手紙をもらったことだけ伝えておいた方が良いだろうか。
そう思って荷物から羽ペンを取り出して一筆したためた。


///////////////////////////////////////////////////////

 フラン様

 お手紙ありがとうございます。

 あなたはいったい誰なのでしょう?

 わたしはタリカ。
 しがない狩人です。

 鷹が好きなのでしょうか?
 ちかじか鷹を連れて伺います。

 その前に何かあればオランの香草亭まで便りを寄越して下さい。


 追伸:この辺りはのどかでいい所ですね。

           オラン 香草亭 xxx号室 タリカ.

///////////////////////////////////////////////////////


こんなものだろうか。

もともとが短い手紙だったから、特に書くことが思いつかなかったのが情けない。

そのまま手紙を持って地図に描かれた場所に向かった。


――――――――――――――――

がるふぉ@タリカ:

 コマンド:手紙を届ける。

 しょうさんの文章力(もちろん絵も)は凄いー!
 かっこ良く描いて下さりますね!
 すっごくわくわくしております!

 しょっぱなから悩んでしまいました(*_*;
 少しくらい文通を楽しみたいので、まずはお返事を届けに行きます。
 届けるだけ!
 適当に手紙を置いて帰りまーす。

GM [2012/06/21 03:54]
タリカは足を運ぶ。
グレイを肩に乗せて。

腕や顔、皮膚についた血などは拭いやすい。
けれど問題は服。前身頃に跳ね返ったもの。
こればかりは水がないとどうしようもできない。

一旦は引き返すほうが良いだろう、そう考える。

しかしそれよりも、フランの期待に応えられない方が、タリカにとっては胸のつかえだった。


そっとそおっと足を運ぶ。
森で鍛えた技術を駆使する。

なるたけ気付かれないように。

地図に描かれていた「ここ」の場所に行ってみると、人が草むらを掻き分ける音がする。
タリカはじっと耳を澄ませる。

草の上を走る音がする。何か、物体の転がる音がする。それを蹴る音がする。
空気が振動して、タリカの鼓膜を震わす。

その主を確認することなくタリカは手紙を置いて、森の中の家を後にした。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

数日が経つ。
香草亭に届けられたタリカ宛の一枚の羊皮紙を、バジルが預かり、タリカが戻ると声をかけてそれを手渡した。


///////////////////////////////////////////////////////

タリカへ

ぼくは いろんなものを もっている
タリカが気にいれば なんだって あげる

だから あそびに きて

///////////////////////////////////////////////////////



―――――――――――――――――――――――――――――――――――
GMより:

病んでる!病んでる!

タリカ [2012/06/21 18:12]

グレイとともに地図の場所へ向かった。
人に見つからないようにこっそりと。
今まで培ってきた野伏の技の活かしどころだ。

「ここ」の場所へ向かえば森の中に家があった。
草むらの中に隠れてしばらく様子を伺う。

「誰か...いる」

何かが草むらをかき分けるおと。
何かが草の上を走るおと。
何かが転がっているおと。

姿は見えないがおとが、振動が、聞こえる、感じる。
なんだ?

しばらくすると静かになり、自然のおとしか聞こえなくなった。

その隙に手紙を置いて、その日は一旦オランに帰ったのだ。
悪いとは思いつつも血の匂いをつけたまま会いにはいけない。

あの時のあのおとはフラン様だったのだろうか。


それから次の日にでも手紙の主=フラン様に会いに行こうかと考えたが、ああいった返事をした以上、結局は返事を待つことにしたのだった。
待つこと1日、2日。
はたして手紙は届いた。

「ありがとうございます、バジル様」

受け取った手紙は、また不思議なものだった。
いったいどういう人物なのだろう。
子供なんだと思うけれど。

「バジル様、ちょっと出かけてきます。
 帰りは遅くなるかもしれません」

いつも狩りに行くのと同じ準備をして、地図の示す場所へと向かう。
一度行った場所だ、迷う心配もないだろう。

「あら?タリカ、お出かけ?」

少し遅い時間に朝食を取っていたエグランチエ様とばったりと出くわす。

「はい、今日も狩りに出かけてきます」

「そう。良い獲物を期待しているわ...あら、バジルさん、今日のスープはいつもよりとっても美味しいわ!」

エグランチエ様は美味しそうに朝食を食べている。
楽しそうな朝食だ。
エグランチエ様に料理を食べて貰える人は幸せな人だなと改めて思った。
だってこんなに美味しそうな表情を見せているんだから。


さて。

「グレイ、行きましょうか。
 それでは行ってきます」

エグランチエ様に手を振って香草亭をあとにする。
さあいったいフラン様とはどんな人物なのだろうか。

―――――――――――――――――――――――――――――

 がるふぉ@たリカ:

  コマンド:会いに行くー!
  うまいこと文章、というか想像力が出て来なかったです...。
  梅雨時は色々と体調がわるいんです...(/_;)
  タイトルの「波」というのもよく分からなかったという...。
GM [2012/06/27 00:38]

いつもの道を、タリカはほんの少しだけ恥ずかしそうに歩いた。
なぜならば、この道沿いに知り合いができてしまったからだ。

そう。
ここから見えるあの畑の中の、真ん中の赤い屋根がダリルの家。
彼は見ているだろうか、見ていないだろうか、少しだけ意識してしまう。
ほんの少しだけ。


もらった手紙に何度か目を落とし、手描きの簡素な地図を見る。
方向を間違ってはいない。

一体フランとはどういう人なのだろう。
そういう興味よりもタリカはまるで任務のように、手紙の主の元へ赴く。

『きて』

と書いてあったから、タリカは行く。

『あそびに きて』

の文字を、タリカは無視しない。

進む方向をまっすぐに見据え、緩やかな上り坂の道を進んだ。
その足取りは、あまり軽いものではなかった。


今日はやや空が曇っている。
仰ぐと、厚みにムラのある雲が所々、空の色を透けて見せていた。
強い風が一瞬でも吹けば、その雲の部分が破けそうだった。

しかし、タリカにはわかる。

「グレイ。今日はなるべく早く帰りましょう?
 これはひと嵐来そうだもの」

これからもっと雲が厚くなり、どんな風が吹いても青空が見えない空になることを。


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道など、あってないようなものだ。
僅かばかり雑草が生えていない程度のけもの道は、雰囲気も人里のものではない。

「先にお行き」

腕を払ってグレイを飛ばす。
気楽な場所でも時間でもないから、この相棒が伸び伸びと振る舞えるようにした。
そうすればいつだってグレイはタリカを守れる。

日の差さない森は暗い。
音が、そして音にもならない空気の震えが、大事な情報を抱える。

耳を澄ました。
肌の感覚をも研ぎ澄ます。

3つ先の木の枝にリスがいる。そのずうっと奥に鹿がいて、水を飲んでいる。
水はどこから流れているのだろう、山だ、北西に頂上のある山から雨水の筋がそこまで流れこむ。
雨。もうすぐ降る雨はオラン南の海水がいつか蒸発したもの。

この一枚の木の葉の色さえも理由がありそうなくらい、世の中は根拠の連続だった。
音と風は情報を運ぶ。それは過去現在関係なく、ものが存在する理由を教える。

タリカは情報の中にいた。
波のようで、呑まれてしまいそうだ。

一度そう感じてしまえば、空気さえも蜂蜜のような粘度を持っている錯覚を憶える。

力を抜いて、ゆっくりゆっくり息を吐く。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――
GMより:

波!波!
前回書ききれてなかった部分です。が!あまり意味はありません。。
意味もわかりません(

何がやりたいって、タリカルートはこういう感覚的なことがやりたいという私のわがままですスミマセン(平伏)

がるふぉさんは気楽でいいのですよ!
むしろ無視しても構いませんッ
タリカ [2012/06/28 17:29]

確かダリルの家はあそこの赤い屋根の家だったはずだ。
今日も見られているのだろうか。
タリカはそう思うとわずかだけれど気恥ずかしくなった。

軽く頭を振ってその気持を振り払う。
そして再び前を見た。
目の前の坂道を。

手紙の地図を確認しながら緩やかな坂道を登ってゆく。
一度行った場所だったから間違えることは無いが、慎重に地図を確認しながら進んだ。


視線の先、坂の上の雲は、

空が――、

重い。

いや、これから重くなるのだ。
今はまだ雲の切れ間に青い空が透けて見えるけれど、ひと嵐来そうな風が吹いている。
嵐の匂いのする風が髪を踊らせる。



『ぼくも たかに さわりたい』

『あそびに きて』

地図を見ながら何度も手紙を読み返した。



やがて畑は見えなくなり森に入る。


森が―――、

深い。

アルト村の森とは違った雰囲気の森。
人里離れたこんな所に人が住んでいるのかと思えるほどみどりの濃い森。
これから行く先に何が待っているのだろうか。

「グレイ、先にお行き」

雑草や樹の葉が生い茂っている所ではグレイも枝にとらわれてしまう。
幸いフランの家の近くではグレイが降りて来れるだけのスペースもあった。
灰色の鷹が降りれなくなっては、ここに来た意味もなくなってしまう。


道無き道を進む。
ここを通るのは熊か狼か、果たして――人も通るのか。


草木を掻き分けて森の中を進む。
幸い獣道だ。
歩を進めるのは藪の中を進むよりかは難儀しない。

生い茂った様々な樹に囲われて、日の当たらない森の中は、ひんやりとした空気が流れていた。
外の空気とは違う。


その中で姿の見えない鳥達が囀んでいる。
その中をリス達が餌を探して枝を渡っている。
その中にずっと奥のほう、鹿達が水を飲んでいる。

あの小川はエストンの山々から流れているものだ。
その水も元を辿ればオランの南に広がる大きなうみのもの。
太陽の熱と空と雨を経由したもの。


左奥の方、狼が歩いている。
昼食に鹿を狙っているのだろうか。
オランの水を飲んでいる鹿を。

狼はタリカの存在を認めても逃げはしなかった。

タリカは狼の背を撫でる。
昔いた森では狼は友人だった。

毛並みは悪くない。
自然の連鎖が上手く行っている証だ。

存在―――根拠の連鎖。
それが自然というもの。
その存在がお互いに鑑賞して自然を構築している。

「お行き」

狼は森の中へ消えていった。


耳から入る森のおと、自然のおと。
空気が運ぶその情報だけで世界は広がった。
鳥は?リスは?鹿は?
そして、狼はどこから来てどこへ行くのか。
何を食べて、命を育んでいるのか。

生い茂る樹々の葉、一枚一枚をとっても、それぞれ色合いも葉脈も違う。
太陽は、水は、空気は、それらにどう関わっているのか。


その意味を考えるだけで、森が、

世界が―――、

思考の中で無限に、

――――広がってゆく。

その世界に呑み込まれそうになって、ひとつ大きく息を吐いた。
まとわりつく空気を振り払う。



不意に視界が開けた。
地図にある『ここ』。
おそらくフランの家。


ピィ――――――――――

静謐な森の中を響くように口笛の音が広がる。
やがてグレイがタリカの腕にとまろうと降りてくる。
灰色の鷹が連れてくる風はいつも心地よかった。


タリカは入り口をノックして人間の存在を確認した。
ここにフランがいる、はずだ。

「こんにちは、タリカと申します。
 フラン様に会いに参りました」

誰が、いや何が出てくるのだろうか。
タリカは手紙を片手にしばらく待った。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――
PLより:

ノックしてもしもしって書くだけでいいのに長くなってしまいました(笑)

しょうさん凄い!\(^o^)/
GMの描写する世界に圧倒されています。
実体験しているかのような!
これだけで萌えております。

森は萌えているか――――――。
――――――ああ、もちろんだ。

しょうさんに追いつけるように頑張ってみましたが無理でした/(^o^)\
ど、どうでしょうか。。

他の人も書いていいのよ?(いえ、書いてくだsai.
エグランチエ [2012/06/29 00:06]



――――――どん。



突如、タリカの背後でそれは鳴り響いた。
森の中に重い何かが圧し掛かるような音が響く。



――――どん。



その音は徐々にタリカに近付いているようだ。
森がざわめく、鳥達の声が混ざるその不協和音が耳に響く。



――どん。



はやい。それが足音ならまもなくタリカは踏み潰される。
だがタリカの脚は動かなかった、けれども不思議と危険も感じなかった。





そして―――!





その足音に巻き込まれた時にタリカは気付いた。
近付く音の様に思えたそれは―――。







―――完全なる静寂―――







―――それからタリカの世界に音の帰還を知らせたのは。
先程タリカが呼びかけた者からの返事だった。



今のそれがなんだったのか。
そのときのタリカには考えようも無かった。


-----------------------------------------------
精霊的なそして神秘的な何かが降臨するような^^;
めちゃくちゃ使い辛そうなものをすいません><

これから出会うフランの神秘性や特異性を強調したり。
もしくは風の精霊がタリカに何かを知らせたのだったり。
等々にご使用頂ければ幸いです、無視して頂いても構いません><

GM [2012/07/03 12:32]

ノックの音も、この住人には聞こえない。

だが何かの気配がする。

 

この森の中のみすぼらしい小屋に住む老人は、椅子から緩慢な動作で立ち上がり、ゆっくりと扉の方へ近づいた。

 

「・・・?」

 

傾いだ扉の向こう側が、ちらつく。

老人はドアノブに手をかけた。

 

 

 

それは子供の上げる声だった。

タリカはたどり着いた家の中から、自分を待っていた人物がいることを悟る。

 

「あ、あ・・・!」

 

扉が開かれ、言葉がすぐに出てこない者がするような反応を、タリカの目の前の人物はする。

 

まずは手を上げて、喜びを示した。

次に、抱きついた。

出会うものを敵か味方でしか判別しない子供が、疑いなく味方と判断した時のように。

 

タリカは少しの間だけ、動きを縛られる。

 

フランはタリカから離れ、腕で翼を真似た。

 

「ぉー いっ」

 

と り

 

グレイのことだとタリカはわかる。

 

フラン。挙動からいって歳は7歳ほどだろうか。

だがそれは信じられなかった。

木の肌のように顔に皺が刻まれた、黙っていればそれは、老人、だった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

GMより:

 

フランは年齢が+50されるというカースのかけられた6-7歳の子供です。

タリカ [2012/07/05 16:35]

「あ、あ・・・!」

迎えた声は予想通り子供のものだった。

この扉の向こうにフラン様がいる。

そう思ったのだ。

「こんにちは」

でも、届いた声とは裏腹に出てきたのは老人だった。

年輪のように刻まれた皺、およそ50は超えているとみられる。

でも...。

諸手を上げて無邪気に笑うその姿は、幻覚か、子供がそうしているようにしか見えないモノだった。


「ぉー いっ」


ああ、やはり。

やっぱりこれが「フラン様」なのだ。


皮のグローブを外して、それをフラン様の手にはめる。

「グレイ」

そして灰色の鷹をその腕に乗せた。

「ぁー いっ」

フラン様は腕を水平にして鳥の真似をしたり、灰色の背中を撫でたりしている。
皺くちゃの顔はしかし子供のような満面の笑みでとても嬉しそうだった。

その笑みを受けて、タリカもここに来た甲斐があったというものだ。

でも違和感が拭えない。

フラン様の外見と、そこから受ける印象がちぐはぐなのだ。

老人の器に入ってしまった子供。

それとも、子供に退行してしまった老人なのだろうか。

たまに漏れる声は甲高い少年のそれだ。



何かの病気なのだろうか...。
いや、もしかしたら呪いなのかもしれない。

「フラン様?」

声をかけたものの、老人は灰色の鷹に夢中で気が付かない。
いや、そうではない。

羊皮紙に質問を書き込んで、今度はフラン様の目の前で手を振って注意を引き付ける。

『フラン様はおいくつですか?
 他に人は?』

フラン様は遊びを邪魔された子供のように拗ねてしまって。

でもやがて渋々と机に座って羊皮紙に書き出した。

『ななつ。
 ほかに人はいない。
 たまにダリルのおかあさんがやってくるだけ』

『そのお姿はどうして?』

『わかんない。
 はんとしくらい前に黒いひとたちがいっぱいきて、それから』

うーん...。
いったい何があったというのだろう。

タリカが考え込んでいると、フラン様はまたグレイと戯れはじめた。
顔をジロジロ見たり、喉や背中を触ったり。

とても楽しそうだ。

―――――――――――――――――――――――――――――

がるふぉ@PL:

 ショタぇぇぇ。
 技能的にわかるはずはないのですが、異常なことは気がつくので、
 どうにかしたいですね!
 カースについてまだ良く分かっていないのでひとまずここまで。
 ベーシック読んできます!

 このルートだけ盛り上げられずにすみません(、、

 誰が書いてもいいのよ??

エグランチエ [2012/07/05 22:37]




「―――お願いです、どうかご慈悲を...命だけはお助けを。」

  「ご安心なさい。貴女方の命を奪いなど致しません」

「ああ、ああ、ありがとうございます。」

  「我等が主神は貴女の行為を喜ばれております。
   貴女の意思は尊重されるべき、あなたはご子息を守ったのです。」

「ああ、ああ、慈悲深き神よ。私が間違っておりました。」

  「いいえ、間違ってなどおりません。しかし我等が神を冒涜しました。
   貴女の意思は尊重されるべきもの、自分の罪を受け入れなさい。」

「な、なにをなさるのですか...?」

  「貴女の命は奪いません、ご子息の命も奪いません。
   私は主神の教えに従い、貴女方に試練を与えます。」

「試練...?」
 
  「励みなさい、貴女の目指す未来を求めて。」

「未来...。」

  「わが主神の教えは一つ―――"汝の欲する事を為すが良い"」




―――僕は聞いていただけ。

でも、ひと言ひと言をおぼえているよ。わすれられない。
それが僕のママの話した、最後の言葉だったから。

それから僕のママと話す黒いひとが僕に向かって優しく微笑んだんだ。
そしてひと言ふた言つぶやくと僕を見るママが叫びだしたんだ。

それから僕のママはおかしくなってしまった。
ママがママじゃなくなってしまった。


「――――!」


ママを元に戻して!黒い人にそう言おうとしたけれど声が出ない。
そんな僕を慰めるように黒いひとは僕の頭を撫でてこう言った。


「あなたは母を誇りに思いなさい。
 あなたを助ける為に我等が神を裏切ったのです。」

「――――!」

「しかしあなたの母は試練に耐えられなかったようです。
 あなたはこれから母の罪を背負い生きなければなりません。」

「――――!」

「強く生きるのですよ。」



その黒いひとの背中をおいかけて。
追いかけきれずに転んで――――――半年が経った。



--------------------------------------------------------------------
フラン君の過去を書いてみたりしました。いかがでしょうか?
もし元の設定などとの辻褄が合いませんでしたら無視して下さい><

カースは対抗呪文による解除以外に一つの行為などの条件を設定して、
その行為を行えば呪いを解除する事が出来るものです^^
タリカ [2012/07/06 17:37]

 ねえ、ママ。

 たかのおねえさんは来てくれるかな。

 来てくれたらなんでもあげるのに。
 ママが残してくれたこまや竹とんぼ、おもちゃの弓、えほん、なーんだって。
 僕はこの小屋のおうさまなんだから。

 ママ、僕あのたかにさわりたい。
 だって、すっごくかっこよかったんだよ。



 扉の外で気配がした。

 ?!

 「あ、あ・・・!」

 たかのおねえさんだ!たかのおねぇさんがきたんだ!

 ねぇ、ママ、タリカが来てくれたんだよ!

 僕は慌てて、だけど転ばないように気をつけて、戸の所まで急いんだんだ。
 ふらふらしてしまったけど、歩くような速度だったけど、戸の所まで急いだんだ。
 足がもつれて転びそうになったんだけどテーブルの端に手をついてこらえたんだ。

 あ、ああ、たかのおねえさん!

 がらがらがらっ。

「あ、あ・・・!」

 タリカ!

 そこにはいつも窓の向こうからしか見れなかった、ちょっと背の高いくろかみのおねえさんがいた。
 ああ、たかのおねえさんだ!
 タリカだ!

 僕はうれしくて抱きついたんだ。

 ああ、窓の向こうのそんざいだった、たかのおねえさん!
 そのおねえさんが来てくれた!

 抱きついたおねえさんは、ちょっとだけママの匂いがした。
 懐かしい匂い。
 半年前に消えてしまった匂い。


 あ、そうだ、とりは?ねぇ、たかは?

「ぉー いっ」

「ぁー かっ?」


 タリカおねえさんは僕にぶかぶかのグローブをはめたんだ。
 それはタリカおねさんがつけていたもの。
 しわくちゃの手にしわの入った皮のグローブ。
 そしてそこに乗せてくれたんだ、たかを、はいいろのたかを。

「あ"ーっ」

 かっこいい。
 よく見ると目玉が綺麗でかわいいかもしれない。
 でも羽を広げると凄く大きくてやっぱりカッコ良かった。
 背中をさすったら羽の感触が気持ちよかった。

 ぶーん!
 僕も飛べるだろうか。
 このたかと。


『グレイ、と言うんですよ』

 タリカおねえさんが手紙の続きに書いてくれた。

「ぐっれー」

 グレイはせわしなく首を動かしたり、羽を繕ったりしていた。

「ぐっれー」

 ぶーん。
 僕はグレイを乗せたまま、鳥が羽根を伸ばすように、腕を水平に伸ばしてゆっくり走ったんだ。
 そのまま空が飛べるといいなって。
 僕も空を飛びたいなって。
 グレイと。

 グレイはどんな景色を見ているんだろう。
 ねぇ、グレイ?
 僕の視界はもう白くぼんやりしちゃってるんだ。


『外で飛ばしてみますか?』

 タリカおねえさんが外へ行こうって。

 う、うん!

 僕はおもいっきりうなずいた。

 僕は今日たかの人になれるんだ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 がるふぉ@PL:

  タリカを略したらタカになるという事実に気が付きました(どうでもいい

  鳥さんありがとう!
  おかげ様でフランのキャラに厚みができましたね(^^

  時間切れでひとまずここまで!
  GMの期待に応えられているかどうか...。

  次は3人でダイブだ!(嘘)

  次号は土日明けになります(謝)

GM [2012/07/11 06:13]
ママ、僕は外へいく。

このグローブははめたままでいいのかな?
まるで、僕が持っているのが運命なように、この手に合ってる。


今日は少しだけさむい。
だけれども、今日は少しだけ調子がいい。

タリカおねえさんの方を見てみる。
どうやって飛ばすんだろう?

ああやるんだね。

「もぅ ぃっかぃ」

楽しい。

「たりか」

あってるかな?
もうほとんど耳が聴こえないんだ。

「たりか」

灰色の湿った空を見上げるタリカおねえさんは・・・。
僕は、ずっと見ていたくて・・・。
ずっと・・・。
なにか・・・。

もう、わすれちゃった。

どんどんわすれていく。


タリカおねえさんをまんなかに旋回するグレイは、とってもりっぱ。
あのタカを見ていると、僕も前だけみて進もうって思う。

僕も空を飛びたいな。

想像しようとして、目を瞑った。

だけれども、色もなく、音もない世界しか来なかった。

あわてて目を開けた。

目を開けたら、そこには――――


「    まま」


『・・・どうしましたか?』


結んだ黒髪揺れる、ほほ笑み。


僕はわすれてなんかなかった。
わすれちゃいけない。



おでこに、なにか当たった。

「あえ」

雨。

タリカおねえさんは微笑みを消すと、空を見上げた。

『フラン様。中へ戻りましょう』

「え・・・?」

よく聞こえなかった、というふうに聞き返すと、タリカお姉さんは僕の手をとった。
ああ、戻るんだね。雨が降ってきたからだね。

「ぐえーは?」

『グレイはとても賢いですから、心配要りません』

折を見て玄関先へ戻ると、タリカおねえさんはそう言う。



  トン   タン   トン

小屋の屋根に雨が降る。
それはだんだん激しくなって、平坦な音になる。
タリカお姉さんの衣擦れの音もかき消される。

『これは、待つしかないでしょうか』

グレイを腕に乗せて、タリカお姉さんがそういう。
僕は、さっき遊んで眠くなってきてしまった。

うつら、うつらと椅子に座り瞼の重みを楽しむ。

目の前にいるタリカおねえさんが・・・だんだん・・・
あれ・・・? ママ・・・?

ああ、ママだ。

「―――お願いです、どうかご慈悲を...命だけはお助けを。」

あ・・・

   「―――――――――」


僕、何度も見たよ、この場面。


「試練...?」

   「――――――」

「未来...。」

   「―――――"汝の欲する事を為すが良い"



「あああああ」

僕は、僕の声で目が覚めた。

「ま」

ママ。僕を見て!

『フラン様、フラン様。
 いかがなさいましたか?
 何か、悪い夢でも?』

「あ・・・」

ゆ め・・・?

「たりか   たりか」

僕は椅子から退いて、タリカおねえさんにしがみつく。

そう、夢を見たんだ。
こわーい、こわーい夢を。

「ぉく、どっか、へん?
 ぉく、わうい?」

僕は悪い子なの?変な子なの?

ママが、僕を見て叫んだ!
許せない、許せない!
ママは僕を見て、笑わなきゃだめなんだ!
なのに!

夢と、過去と、現実がいっしょくたになっちゃって。

「ぅあああ!」

かんしゃくの声を上げた。

涙が出たから、手で拭った。

手が、しわくちゃなんだ。
どうしてなの。

『フラン様、フラン様!
 落ち着いてください』

タリカの胸の中で、泣いた。

『フラン様は、変でも悪くもありませんよ』

そう言いながら、でもタリカは、僕の顔をじっと観察するように見るんだ。
さっき空を見上げた時みたいに。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――
GMより:

暗いよおお;;
盛り上げるはずが下の方向へ盛り上がってしまった・・・。
のんびりオモチャ遊びする予定だったのに。どうしてこうなった。鳥め・・・!(笑)

タリカはカースのことに気がつく前に、フランの中身と外見が一致していないことについてどう考えるかなあ?と思ったのでここで切ってみました。
あんまり進んでないですね!(謝)

嵐が来て雷がピシャーっと鳴って・・・とか考えたり、
シーンを次の日に変え、フランの生活描写を増やそうか考えたり、
タリカが「あなたはじいさんです!」と手鏡を振りかざしたりとか考えたり、
色々あって困ってます^q^

どうしようかなー どうしようかなー
明るくしたいなあ!ギャグとかじゃなくて、ほっとするようなポカポカした明るさ。
ここから如何にそう持っていくか・・・!
タリカ [2012/07/13 16:24]

『こうして、こういうふうに投げるようにして飛ばすんです』

 手紙の続きにそう文章を綴ってから、動作で説明した。
 いつもグレイを翔ばしているように、右手で投げるようにゼスチャーをする。
 フラン様も頷いてゆっくりと真似をする。
 タリカも頷いた。

『そうそうお上手です。
 それでは一度やってみますね』

 グローブとグレイを返してもらい、フラン様と少し距離をおいて実践する。

「グレイ!」

 左足で踏み込んで右手を振りぬく。
 おそらくパンを食べた数より多くこなしてきたその動作は、
 間違えることなく灰色の鷹を大空へ翔ばした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 小屋の外は幸い開けていて翔ぶのには都合が良かった。

 世界は広い。
 空は広い。
 森の静謐な空気も上空に出れば空の空気に変わる。

 湿った空気が近づいている。

 僕にはわかる。
 この風はしばらくすれば雨が来る風だ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「あ"ー」

 諸手を挙げて嬉しそうに喜ぶフラン様。

「う"ーん」

 そのままグレイの真似をするように両手を鳥のように広げて、ふらふらと走りだす。

「ぉー いっ」

 しわくちゃの顔に満面の笑みを浮かべながら。

「もぅ ぃっかぃ」

「たりか」

 凄く楽しそうにそう言った。

 タリカもつい嬉しくなってしまう。
 フラン様が喜んでくれたことと、言葉が不自由なのにタリカの名前を呼んでくれたから。


 風が頬を薙ぐ。
 なびく髪を手で抑えながら、灰色の鷹の向こうにある灰色の雲を見やった。
 嵐がきそうだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 わー、凄い!

 ねぇ、ママ、たかが翔んでる!
 グレイが!
 タリカおねえさんが翔ばしたんだ。


「ぉー いっ」

 僕は思いっきりグレイに両手を振ったんだ。

 いいなぁ、あんなに自由に飛べて。

 僕も空を飛びたい。

 僕も自由になりたい。

 この身体はなんだか重くて疲れるんだ。

 僕も自由になれるかな?
 ねぇ?タリカおねえさん?

 ...あれ?

 ママ?

 気のせいかな。

 タリカお姉さんが一瞬ママに見えたんだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ああ、タリカ。

 僕はいつも彼女のために翔んでいる。

 だって彼女は僕の大切なものだから。

 彼女がいなければ僕は翔べない。

 でも彼女はきっと僕は何からも自由だと思っているのだろう。

 それは確かに当たっている。

 だって僕が彼女を大好きと思うことだって自由なのだから。

 そう、フランを好きだって思うことも自由だ。
 僕を気に入ってくれているんだから、嫌う理由はないよね?


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「あえ」

 両手を空飛ぶグレイに差し出したまま、フラン様が声を出す。
 空を見上れば雨雲は近くまで来ていた。
 風も少し強くなってきたようだ。

『フラン様。中へ戻りましょう?』

「え・・・?」

 フラン様は耳も不自由そうだった。
 中身は子供なのだろうけれど、身体はもう老人のそれだ。

 優しく皺だらけの手をとって小屋へと誘う。

「ぐえーは?」

 フラン様が不安げにタリカの顔を見て、それから空をとぶグレイへと視線を移す。

『グレイはとても賢いですから、心配要りません。
 続きはまた明日にしましょう。
 今度はフラン様がグレイを翔ばす番ですよ』

 そう伝えると。

 皺くちゃの顔に笑顔が戻った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


がるふぉ@PL:

 書きかけの文章がしょうさんが書かれた記事とかぶっていた!
 フランが空を飛びたい所、自由になりたいとか。
 嬉しいシンクロであります(^^

 書きかけの文章にしょうさんの書き込みを合わせ込んだ感じになっております。
 長くなってしまいましたので記事を分けました。
 もう一つ連投予定です。

 暗いのは大好物でありますよ(^q^)

 そしてリレーならではのまさかのグレイ視点の描写。
 これはチャットでしょうさんの発言からヒントをいただきました。
 ありがとうございます!
 とは言うもののこれは酷い自作自演ですね(_ _;)
 はっはっは・・はぁ。

 なんとかカースを解いてハッピーエンドか、
 もしくはそのままでもポカポカして終わらせたいですね!

タリカ [2012/07/13 17:56]

 小屋へ入るとやがて雨の音はリズミカルなものからザーッという平坦なノイズに変わった。
 小屋の中の小さい音は、そのノイズに消され、フランの耳と口の自由を更に奪うのだろうか。

 フラン様は疲れたのか椅子に座ってうとうととし始めた。
 身体が冷えないようにひざ掛けをしてあげる。

 良い夢が見られるようにとオランで流行っていた子守唄を歌ってあげた。
 これでも歌や楽器は少しは扱えるのだ。
 だがフラン様の耳にこの歌は届いているのだろうか。
 そのやせ細った耳に。

 でも程なくしてフラン様は静かな寝息をたてて眠って下さった。


 改めてフラン様を観察する。
 真っ白な髪。
 皺の刻まれた肌。
 ガリガリに痩せ細ってしまった腕。
 浮き出る血管。

 フラン様はいったいどういう状態なのだろう?
 外見は老人だけれど『としはななつ』だ。
 病気?病気でこんな事になってしまうのだろうか?
 呪い?こんな子供に一体誰が?
 おそらくフラン様自信にも自分に何が起きたのか把握できていないのだろう。

 いったいタリカはどうすればいいのだろう?
 フラン様に何をしてあげられるのだろうか?

 ああ、こういう時エグランチエ様やプレナ様、アレル様がいれば何かわかるかもしれないのに。


 結局何も出来ない。
 いつものように、何も出来ない。


 フラン様は寝てしまった。
 このまま落胆していても仕方がない。
 起きた時に暖まれるようにスープでも作っておこう。
 台所を借りて晩御飯の支度でもしておこう。
 何があるだろうか。


 なるべく大きな音をたてないように、包丁で野菜を刻み、沸かした鍋に入れる。
 野菜はダリル様の母上が持ってきてくれているのだろうか。
 丁度いい鶏肉とパンもある。
 鶏肉は煮こめばダシも出るし、柔らかくなって老人の歯でも食べやすいだろう。



「あああああ」

 突如上がった悲鳴に身体が固まる。

「フラン様!?」

 慌てて台所からフラン様への元へと駆け寄った。

「フラン様、フラン様。
 いかがなさいましたか?
 何か、悪い夢でも?」

 酷い寝汗だ。
 怖い夢でも見てしまったのだろうか。

「あ・・・」

「たりか   たりか」

「ぉく、どっか、へん?
 ぉく、わうい?」

 急に泣きだしてしまったのでびっくりしたけれど、フラン様が抱きついてきたからタリカも抱きしめました。
 子供を持ったことはないけれど、それこそ我が子をあやすように。
 落ち着くように背中をポンポンと叩いたり。さすったり。

 そしてもう一度顔と顔を付き合わせて、顔を左右に振ったんです。

『フラン様は、変でも悪くもありませんよ』

 とにかく安心させて落ち着かせないと。

 あまりにも可哀想で。
 あまりにも痛々しくて。

 ああ、この子はいったい何を背負っているのだろうか。


 一瞬だけ、顔の皺と白い髪に注意を奪われてしまいました。

 もう一度フラン様の瞳を捉えた時、フラン様がタリカの視線に気がついているということを悟ってしまったのです。
 タリカの注意が老人のそれに向いてしまったということを。

 ああ、なんという事を...。


「ま まま」

「まま!」

 フラン様はまたタリカにしがみついて泣き出してしまいました。


 その時、窓の向こうが光り、大きな雷が鳴った。
 嵐はまだ収まりそうに無かった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

がるふぉ@PL:

 はい、進んでいません(土下座
 明るくなってません(土下座

 タリカとしてはフランの状態は病気?呪い?と感じますが、
 いかんせん知識がないので「わからない」と言うところですねー・・。

 個人的にはフラン自身が自由を感じるという体験ができたらカースを解除するとか、
 カースを解除できなくてもぽかぽかするような話になればそれでいいかなーと考えてます。

 別に暗いままでも良くてよ?(''
 まあ成り行きで(^^
GM [2012/08/04 17:51]
ネロリが嫁いだ森の中の小さな小屋は、愛する夫の仕事場でもあった。

壁には大小たくさんの弓がかけられ、素人目にそれらはちょっとした展示物になった。
作業台の上にはやはり、長短種類の異なる矢が無造作に置かれている。

寝る場所とそれ以外。
そんな大雑把な区別しかないこの家にはじめは戸惑うネロリだったが、
段々と小屋の中で勝手を覚え、二人の生活が通常となるころにはすっかり家庭的に整頓され、
夫であるジェラルドはいちいちネロリに物の場所を聞かないとわからないほどになっていた。

「おーいネリー、この鉄弓の弦は?」

「あ、それは」

朝、ジェラルドが声を張ると、竈に火を入れているネロリが振り向きながら、手の代わりに視線で場所を示す。

「作業台の一番下の引き出しって、言ったじゃない」

「しゃがむのが面倒なところにおくのかい」

そんな夫の小言を心のなかで「滅多に使わないものなんだから、そこでいいのよ」と反論し、
火が着いた竈の上に、水の張った大鍋を置く。
料理するためではない、洗濯をするために沸かす湯だった。

「今日は暖かくなりそうね、空が青いわ。
 ・・・雪解けが進みそうだから、くれぐれも・・・気をつけてね」

「もちろんさ」

妻の心配がわかっているのかわかっていないのか、ジェラルドはいつ通りだった。


じゃあ行ってくるよ、と出かけたその日、
いつもは日が沈む前に戻ってくるジェラルドが、戻って来なかった。

ネロリは夕食の用意をすっかり終えており、家の中にはじゃがいもの焼けたいい匂いが漂っている。

一度は閉めた窓の木戸を、ネロリは下ろした。

(何かあったのかしら)

窓の外からは、春の雪の匂いがするばかりだ。

動物油を染み込ませた布を薪に巻いて作ってある、数少ない非常用の松明に火を付け、
ネロリは外套を羽織って家の周りをうろついた。

「ジェリー・・・? どうしよう」

心配が過ぎ、家の中でじっとしていられるわけもなく外に出たはいいが、
いつジェラルドが戻ってくるかわからない。
家から離れることも、しがたかった。

(少しだけ。ちょっと行ってみて、すぐ戻ろう)

ネロリは暗い足元を照らしながら、ジェラルドが通っているであろう踏み均された筋を進んだ。


暫く進んだろうか。そこはもう家の近くではなかった。

「・・~~――――・・・、・・」

人の声が聞こえた。それはどうやら楽しげで、時折笑いが混じっているように聞こえる。

(ジェリー!)

こみ上げる嬉しさと、安堵感。それと少しの腹立たしさ。
ネロリはその声のする方に向かって、歩みを進めた。

暗闇に揺れる火と足音に、いくら歓談中といっても狩人が気づかないわけがなく、
ジェラルドはそれがすぐにネロリだとわかった。

「ネリー!」

「・・・ジェリー」

簡単に抱き合った後ジェラルドはすぐに、今まで一緒に居た一人の男の方へ振り向いた。

「もうこんな時間になったんだ。真っ暗だよ。
 妻が迎えに来るまで気が付かなかった」

「私もそろそろ帰らないと。
 迎えに来てくれるような妻はいないから、自分で帰るのさ」

男とジェラルドが言葉をかわすと、二人はネロリに向き合った。

「こちら、ヤーンさん。

 聞いてくれよネリー、俺今日危なかったんだ!
 毒蛇に噛まれたんだ」

ジェラルドはネロリに笑顔でそう話す。
ネロリは、夫がそんなことをどうして笑いながら言うのかがわからない。

「どこを!? 何をやってるの! 早く水で洗いましょうよ!」

「大丈夫ですよ、奥さん」

「うん、もう心配ない。ヤーンさんに救ってもらったんだ。
 それにしても、もう蛇が目覚めているなんてなあ。
 油断してたよ!」

「・・・本当に、本当に大丈夫なの・・・?」

「本当だってば。ヤーンさんは神官なんだ。
 神のお声が聞こえるんだぞ」

「そんな大層なもんじゃないですよ。
 気がついた時にはもう、当たり前となっていました」

「それが俺にはわからないからなあ!
 いやあ、ヤーンさんはすごいなあ」

「いえいえ、普通の事ですから。はははは!」

ヤーンとジェラルドのやりとりについてネロリはいい印象を受けなかったが、
夫の恩人かつ夫が好意を持っている人物を、自分も好いたほうがいいのだろうと
ネロリは思った。

「あの・・・今日はもう遅いですし、これからオランに向かわれるのは危ないです。
 今夜はうちへどうぞ。狭いところですが、休んでいってください」


そして3人は、狩猟小屋もといジェラルドとネロリの自宅へ向かった。




GM [2012/08/05 13:16]
「実はたまたま、弟子が病気になってしまいましてね。
 いやあ『ただの風邪らしいので治癒はいらないから、休ませて欲しい』っていわれまして。
 弟子に頼んでおいた仕事、・・・儀式の時に使う香を作るんですけど、
 その素材を採るために今日はここへ来ましてね」

ヤーンは竈で温め直されたじゃがいもを、フォークで崩しながらネロリに話した。
大事にとっておいた豚のハムを焼いているジェラルドが、ネロリに話したくてたまらないようにヤーンの後に続いた。

「山の中で人に会うことなんてなかったから、俺おどろいたし嬉しくって!」

ネロリは玉ねぎのスープを、スプーンで掬いかけては手を止め、なかなか食事が進んでいない。

「まあ・・・それでジェリー、あなたどこで蛇に噛まれたの?」

ネロリの言葉に、二人は待ってたと言わんばかりの表情で声のトーンを上げた。

「聞いてくれよネリー!
 狩場に入って、一息つこうって木に寄りかかったんだ。
 そうしたら上からも下からも、蛇が出たんだ。
 あっはっは!蛇だらけの木だったんだ」

ネロリは顔を僅かにしかめた。

「それは・・・いやだわ・・・」

「俺もびっくりしちゃって、早く離れればいいのに、固まっちゃったんだ」

「そうしたら、噛まれたのね」

「そうなんだよ。あいつ――あの蛇が太ももにかじり付きやがって。
 噛まれた後やっと気がついて、慌ててその木から離れたんだ。
 でもその時はまだ足に蛇がくっついてたんだよ!?
 叩いても引っ張っても、離れないの!」

ジェラルドはそれを面白い話のように話しているが、ネロリは痛ましく思うだけだった。

「私がジェラルドさんの声を聞いて駆けつけたときも、まだ蛇がくっついていましたね」

「そうだろ!?」

そういってヤーンとジェラルドは笑いあった。

「太ももだから、自分で吸い出すこともできないし、なんか具合は悪くなってくるしで、俺死んじゃうんだろうかって思ったよ」

その後、ヤーンが偶然にも駆けつけてくれて、解毒の奇跡を施したのだという。

「いやあこれは本当に何かの縁ですね。
 ジェラルドさんも明るいかたですし、こちらの狩場には良い材料も揃っている。
 今日だけといわず、これからもぜひお会いしたいなあ」

「よかった!俺もヤーンさんと仲良くやっていきたいなって思ってたんだ。
 ・・・ああ、この家には酒がないのが残念だ!
 俺も家内も、あまり飲む方じゃないからよく切らしちゃうんだよ。残念だなあ」

「では次回、酒を持ってきますよ!」




以降、ヤーンは月に1度ほどこの狩猟小屋を訪れた。

最初はやはり狩場での素材調達だったが、ネロリとも随分打ち解けてきており、
外へ出るより家の中で話をしたりする時間のほうが多くなっていった。

普段、休日という感覚のない生活をしているジェラルドたちだったが、ヤーンが訪れる日は仕事を休むという決まりができつつあった。

ジェラルドは3日に一度ほどの頻度で、狩った獲物を近くの農家たちの集落へ持って行き、野菜や果物・穀物といったものと交換していた。

それが5日に一度ほどの頻度になりつつあったとき、ある農夫がジェラルドに訊いた。

「おめさん、最近調子悪そうだな、え?どうよ、狩場の方は」

「狩場?なんともないよ」

「だけども、ほれ。最近、あんまりみねえからよ」

「あ・・・、ああ!いやぁ最近は別のこと始めてさ、うん」

「なんだ、新しい仕事か?」

「いや、仕事じゃなくって、勉強かな。字の読み書きを始めたんだ」

「なんだ、えれえことしてんな。・・・そっか、頑張れよ。
 でもほら、おれたちはおめえが持ってきたものじゃないと交換できんからよ、
 嫁さん困らすようなことはならんようにしとけよ」

「あー、大丈夫大丈夫」

「いやなんだ、ほらおれたちも肉食いてえし。がっはっは」

「そうだな!いやあ、申し訳なかったよ」

「事情わかったし、安心だあ。じゃあな」

「うん、じゃ明後日来るよ!」

ヤーンと初めてあって二年が過ぎた、夏の頃。
ジェラルドはヤーンが知っていることに興味を覚え、東方語の字を習い始めた。
もちろんそれは、ネロリも一緒だった。

「おかえりなさい」

まだ日が昇っている夕方、小屋の扉があいた方に振り向かず、ネロリは声をかけた。
字の勉強はジェラルドよりも、ネロリのほうが飲み込みが早かった。

「お邪魔します。おや、奥さん一人ですか?」

「まあ!ヤーンさん!
 ジェ・・・夫はまだ戻っていませんが、・・・どうされました?」

「実は今日近くまで来ましてね。そして伝えたいことがあったもので、寄らせてもらいました」

「あらあら。どうぞ上がってくださいな」

「いえいえ、ここで失礼しますよ。
 そう・・・『ヒキガエルを見たら潰してください』と、ジェラルドさんに伝えてください。
 奥さん、あなたにも。といいますのは、
 私たちの自由の神を冒涜した輩が、このあたりに逃げてきたようでして、・・・」

ネロリはそれを聞いて、ぽかんとした。
その表情を見てヤーンはやや笑った。

「いえ、ともかく、ヒキガエルを見たら、殺してください。
 そして知らない男には、充分ご注意を」

「まあ・・・。はい、わかりました」

ヒキガエルは殺したくないが、ネロリはヤーンにそう言った。
ヤーンは鞄の中から、冊子を取り出してネロリに渡した。

「それと、こちら。
 前にジェラルドさんがご興味持たれておりましたようですので、
 我ら教団の信条を綴ったものを、作りました。ジェラルドさんに渡してください」

「あ、はい・・・」

「ではこちらで失礼しますね。じゃあ」

「お気をつけて」


その後姿を見送って1時間ほどがたった頃、ネロリの夫が戻ってきた。
ネロリはジェラルドに、ヤーンが持ってきた冊子を渡した。

「うわあ、これはまだ、読めないなあ」

「そうね。わたしもまだいくつか、わからないところがあるわ」

「今度ヤーンさんがきた時に勉強しよう」

「そうね」

書いてある物の所々しかわからないジェラルドが、冊子をまだ手放さずにじっと見つめている。
そしておもむろに口を開いた。

「自由の神、か。
 なあネリー。俺たち、この世界の神のことなんてなんにも知らないよな。
 興味もなかったし。
 でもこの神の教えは、俺、好きだな」

ネロリは、やや沈黙の後、口を開いた。

「わたしには、まだ、よくわからないわ・・・」


その次の日、ジェラルドは狩場でヒキガエルを見かけたので、矢を刺して殺した。


GM [2012/08/05 16:23]
それから、冬が本格的に始まる前に、ネロリは身籠った。
ジェラルドは喜び、暫くは仕事に精を出した。

山菜をとり、狩猟をし、冬に使う薪を割る。
毎日毎日、遅くまで肉体を使った。

ヤーンが来るときは休業としていたものは、今は半日だけの休みをとるようにしていた。

「たくさん蓄えておきたいからね。子供のためにも、ネリーのためにも」

ヤーンはそれを聞くと、手伝いを申し出た。

「お子さんが生まれたら、これからもっと色々と入用になるでしょう」

「ああ、そうだ」

「ジェラルドさん。私はいいお話を持っているんです。
 ・・・おっと、いい意味で、ですよ。
 割の良いお仕事を紹介することが出来るかもしれません。
 モノに困りましたら、ぜひ私に相談してください」

ジェラルドは、頷いた。

そうして冬を越え、春と夏が終わった。
秋が始まる頃、ネロリは近くの農家で出産をした。

「ああ・・・可愛い・・・」

湯で拭われた赤子を、ネリーは見た。

(この子がずっとわたしのお腹の中にいたのね。
 これからは、ちゃんと抱きしめることができるんだわ。
 なんて愛おしいのかしら)

「男の子だねぇ。名前は決めてあるのかい?」

産婆を務めた農婦が、じっと子供を見つめるネロリに問う。
ネロリは疲れて、すぐにいいえと言うことも、首をふることもできなかった。
ゆっくりと出した声はかすれて音にならなかったので、もう一度同じことを言った。

「・・・まだなんです。知り合いに、見せて、その人につけてもらうの・・・」

―――とっても信頼している神官さんなんです

という前に、ネロリは寝てしまった。



ヤーンはネロリの子供に、フランと名付けた。

―――――――――――――――――――

狩猟小屋で3人の生活が始まり、月日が経った。
フランも、ネロリたちと同じ物を食べるようになった頃。

「どうですか」

ヤーンが狩猟小屋にきており、昼寝をさせたフランの顔をじっと見つめた後、ネロリとジェラルドにぼそりと言った。

「うん?何の話だい?」

そうジェラルドが問いをしても、ヤーンはテーブルの上で両手を組んだまま、口を閉じて言いにくそうにしていた。
そののち、組手を外し、ジェラルドに向かった。

「これは私から言うものではないのですが・・・もしご存じないようなら、お教えしておこうと思いまして」

「うん。なんだろう?」

ネロリはジェラルドの古い服からフランの着るものを作ろうと、白く柔らかい石で裁ち線を引いていたが、ヤーンの珍しいその声音に、手を止めゆっくり振り向いた。

「洗礼というものです」

ヤーンが言う。

「私たちの神の洗礼を、フランくんに受けさせませんか?」

「洗礼・・・」

そう呟いたのは、ジェラルド。

「それって、子供だけしか受けられないの?」

「と、言いますと?」

ジェラルドは一回だけネロリの方を見て、ヤーンに言った。

「いや、もし良かったら、・・・」

「あなた」

ネロリは小さく声を上げた。
批判でも賛成でもなく、夫が考えていることにただ驚きを隠せなかっただけだった。

ジェラルドはネロリに頷いて、ヤーンを見た。

「俺も受けたいな、って思うのさ」

それを聞くと、ヤーンの表情は一変した。
非常ににこやかなものになった。

「歓迎しないはずがありません!
 ・・・いやあ、それはそれは嬉しいですよ。
 ジェラルドさん、ぜひどうぞ。
 私たちに、信条を共にする同士が増えて喜ばしい」

ジェラルドは言った。

「ファラリスに幸あれ!」



その1週間後、ジェラルドはヤーンとともにオランへ行き、洗礼を受けて戻ってきた。
ネロリはその後ずっと、ジェラルドからオランの話を毎度聞かされることになる。

「オランは街道を行って数時間だしすぐ行ける場所だ。
 俺は都市なんかに興味はないんだけど、ネリー、違ったんだよ」

「はいはい、それはもう聞いたわ?」

「いいや、まだ伝わってないよ。
 あの教団の立派さはやっぱり、オランだからこそなんだ」

目を輝かせる夫に、ネロリは苦笑した。

「ふうん。それで?」

自分は相槌だけ打って聞き流そうと、ネロリはジェラルドを喋らせた。

「俺は神官じゃなくてただの信者だから、神殿には行けなかった。
 教団がある建物に行ったんだ。
 神殿は、教団に入って信者としてよく働いて認められてから、連れて行ってもらえるらしい」

「まあ。そうなの」

「神殿に行きたいなあ」

「んー・・・。そうねえ」

「ねえネリー。俺、月に1回か2回は、オランに通ってもいいかな?」

その言葉で、ネロリはやっと顔を上げた。
だが言口を開かない妻に、ジェラルドは言葉を続けた。

「ネリーも一緒に行こうよ。見てもらいたいんだ」

ネロリは首を横に降った。

「だめよ。まだフランを連れていけないもの」

まだ1歳ほどの息子に、何時間もかかる道のりを往復させるのは酷だと、ネロリは思った。

「残念だよ・・・。じゃあ俺は行くね。
 自己を高めたいんだ」

「ええ、わかったわ」

現在でも、家事や子育てにおいて力になっていないジェラルドが、仕事の合間に自由にすることをネロリは何とも思わなかった。


そうしてジェラルドがオランに通うようになって2回目で、彼は教団からもらったと、聖印を持って帰った。

「あら。すっかりそれらしくなって」

からかうのか誇らしいのか、ネロリはジェラルドに向かって笑った。

「今度から仕事がもらえるんだ。数時間で終わるような内容で、お金がもらえるんだよ」

ジェラルドはどことなく胸を張ったふうに、ネロリには見えた。

「・・・・・・まあ・・・」

通貨など、ここに嫁いでから見ることは滅多になかった。
使いようがないし、また、それを交換するような取引もなかった。

しかし。
オランに通うジェラルドが金銭を稼いでくるようになれば、話は違った。

「ほら、前にヤーンさんが言ってたの、覚えてない?
 『物が入用になるとき、相談してくれたらいい仕事を紹介する』って。
 その時のとは違うだろうけど、規模の小さい仕事だってちゃあんとお金がもらえるんだ」

「フランの服や靴が、オランで買えるわね・・・!」

新しいタオルにリネン。
食器は貰い物があるからいいが、ちゃんとしたペンとインクと、羊皮紙も欲しいとネロリは思った。


そうしてジェラルドは、順調に教団に通った。
最初に通って3ヶ月たった時、週に1度の頻度になっていた。

ヤーンとは教団で会っているといい、実際この狩猟小屋にくることはかなり少なくなっていた。


ネロリは、ジェラルドが教団に通うことを頼もしく思うようになった。
悪い意味で子供っぽい言動があった夫から、それが抜けてきたと感じていた。

今まではほとんど常に一緒にいたが、離れる時間が出来たこと、またジェラルドの変化もあってネロリはジェラルドに対して優しくなれたし、それをジェラルドが感じ取ってネロリとフランを大事にしていることから、3人の家庭は円満だった。

だから、ジェラルドがとある事をいった時、ネロリは前向きに捉えることが出来た。

「俺、オランでの稼ぎ一本にしようかな」

フランを先に寝かせた後の夕食時だった。

「それって、・・・狩猟をやめるということ?」

うん、とジェラルドは頷く。

「事実、狩りで暮らしていた時よりも豊かになっただろ?」

ジェラルドは、妻のブルネットの髪を束ねている髪飾りに目をやって、微笑んだ。
ネロリはこの表情が好きだった。

「うん。そうね・・・。
 でも、どうなるの?」

「どうにかなるわけじゃないさ。
 毎日狩場へ出かけていたのが、オランに変わるだけなんだから。
 ああ、帰りは少し遅くなるかもしれない」

「どうして?」

「帰りは疲れているから、ゆっくり歩くかもしれないからさ」

ネロリは笑って、ジェラルドの手に手を重ねた。



フランが2歳になって間もなくだった。

この秋が終わると共に、ジェラルドは狩猟をやめる。
それを、いつも肉と交換していた集落の方に伝えた。

「・・・そうけえ」

農夫たちは言葉少なかった。

「お金溜まったら、馬買いにくるから!そのときは売ってね」

ジェラルドはそう言った。



GM [2012/08/06 01:01]
今年の冬は、普段よりも寒さが厳しかった。

「あまり薪を使いたくないわ・・・」

新年を迎え、春が来るにはあと3ヶ月待たなくてはならないというのに、今の調子で薪を使っていけば、それまで持たないだろうという所まで減っていた。
しかも今年は、冬が長引くかもしれない。

ネロリは毛布を羽織るようにし、フランにもたくさん着込ませた。
ジェラルドが買ってきた毛糸の手袋をフランにはめさせたり、足を冷たそうにしていていれば、ネロリは子供の足を自分の腹に当てた。

とある吹雪の夜、ジェラルドが帰って来ないことがあった。

ネロリは、吹雪だから帰ってこないのなら心配はないが、この雪の中、もし自宅を目指していたらどうしようと眠りにつけなかった。

窓の木戸が風に煽られ、止めてある金具がギシギシと音を立てる。
ネロリの本心は、この漠然とした恐怖ゆえにジェラルドにそばに居て欲しかった。
しかし、この家のどこが壊れることはないし、何事も無く夜が明け吹雪が収まるだろうと思っていたから、ただの甘えたわがまま心だと自分を律した。

次の日の夕方、いつもより早い時間にジェラルドが帰ってきた。

「ただいま!」

ネロリは振り向くと、玄関にいる満面の笑みの夫がなんだか懐かしく思えて、すぐに抱きついた。

「おかえりなさい!早いのね」

ジェラルドの帽子を壁にかけながらネロリが言うと、ジェラルドは椅子に腰を深くかけ、フランを膝の上に載せた。

「昨夜は帰ってないからな。そりゃあ早く帰らせてもらったよ」

ネロリは笑って頷いた。

「すごい吹雪だったろう!大丈夫だったか?」

「ええ、大丈夫だったわ。
 ・・・・・・でも、心細かった・・・」

静かにそう言う妻の頭を、ジェラルドは優しく撫でた。

「あー。やっぱり帰ればよかったかな」

「そんな!危ないわ・・・。
 あなたが倒れたら、わたし、心細いどころじゃない」

拗ねたような目付きで甘えてくるネロリを、ジェラルドはフランと一緒に腕の中に収めた。



それから、ジェラルドが帰らない日がよく出てくるようになった。

はじめのうちは心配していたが、仕事が遅くなったので帰らず教団内で寝たとか、徹夜の儀式に参加させてもらったからだとかだったので、ネロリもいちいち理由を聞くことはなくなっていった。
そして、ジェラルドが帰って来ない日がある、ということにも慣れつつあった。

夫が持ち帰ってくる給料、金貨は、段々と増えていった。

「俺、来週とうとう神殿に行くよ」

仕事がうまくいっているんだと嬉しくなり、ネロリは彼を応援した。
だから、ジェラルドが2日連続で帰ってこないことにもすんなりと慣れていった。



狩猟をやめて一年が経った頃、ジェラルドは1週間に一度自宅へ帰って来て休暇を取り、再びオランへ仕事へ行くというサイクルができつつあった。

ネロリはジェラルドが持ってきた貨幣を握り、フランを連れて農家たちの集落へ行く。
そこで食べ物を買って帰るのだった。

ジェラルドのこと、稼ぎのことやフランのこと、集落から離れて暮らしているネロリだから、農婦たちとの会話は新鮮なものだった。
ネロリもそんなに愛想は悪くないが、気さくな方でもなかったので、集落とは丁度いい距離をおいた付き合いをしていた。
中には詮索しようとする人も居たが、フランの機嫌のせいにして早々に切り上げる術もネロリは身につけた。

そういう日常の中、ジェラルドがいない分、女手だけで毎日を仕切らなくてはいけないので忙しさもあり、寂しさはほとんど感じていなかった。


冬が過ぎ、夏も、過ぎようとしていた。

「フラーン。今日はかぼちゃだよー」

大きなかぼちゃは昨日、集落から買ってきたものだ。
片道30分ほどかかる道のりで、フランを抱えながら重い思いをして持ち帰ったものだった。

包丁で食べられる大きさにわけ、鍋に水とともに入れて竈に乗せようとした時。

コンコン コン

戸がノックされた。

「・・・はぁい」

ジェラルドはノックをしない。
農家のかただろうか?とネロリは考えた。

(なにかしら)

かなりの訝しんだ表情で、ネロリは玄関扉を開く。

「―――――まあ!」

そこには、懐かしい顔があった。

「奥さん、ご無沙汰しておりました」

「ヤーンさん!まあ、どうしました?」

ジェラルドに何かあったのだろうかと、ネロリは不安に駆られてヤーンの顔をじっと見つめた。
しかしヤーンの方といえば、悪いニュースを抱えた様子は一切見られず、家の中へ視線をやるくらいだった。

「いやなんの、近くを通りましてね。奥さんのご様子を伺いに来ただけです」

「そうなんですか・・・。元気ですよ、わたしは」

入れてもらいたそうにしているということはネロリにはわかっていたが、夫が暫く不在の家で、しかも数年ぶりに顔を合わせる人物を家に上げるには、やや抵抗があった。

が。

「少し休まれていきますか?」

ネロリはそう言った。

「いいですか!では、ごめんください」

フランはネロリの後ろから、ヤーンを眺めていた。



ヤーンは夕食の時間までいて、ジェラルドのことや教団での働きについて話をした。
その話を聞いてネロリは不思議と、帰って来ないジェラルドのことがとても身近に感じられた。

「―――そうなんですか。
 あの人、頑張っているんですね」

「ええ。それはもう・・・」

簡素なダイニングテーブルに向かい合っているヤーンは、テーブルの上で手を組んだ。

「奥さん。何でも、私に相談してくださいね」

ヤーンの改まった口調によって、空気が緊張しないようにネロリは笑った。

「何も悩みはないですから、大丈夫です」

「・・・・・・」

フランが、まま、と言った。

「なぁに? ・・・あらやだ、そうね、お腹すいたの?こんな時間だものね」

ネロリは助かったという気持ちで椅子から立った。

「ごめんなさいね、ヤーンさん。わたし、お夕飯の支度しますわ」

「あ、はい。・・・じゃあ私はこれで、失礼します」

「あら。・・・お気をつけてくださいね」

ネロリはヤーンの帰りを見送り、ゆっくりと扉を閉めたあと静かに閂をした。




ジェラルドが帰らなくなって7日が経ち、8日目。
家にある貨幣が目減りしていく。

朝、ジェラルドは帰って来なかったと知ってネロリはため息を一つつく。

しかし一日はいつもと変わりはない。
起きて洗濯をし外に干し、フランと一緒に朝食をとったあと掃除をしたり、水を汲みに行ったりする。
フランを遊ばせておき、昼になれば手芸をしながら子供の昼寝を見守る。
日によっては午前中に集落へ赴く。

夕方前に洗濯物を取り込み、ご飯の支度をして食べたあと、歌を歌って楽しみフランを寝かしつける。

今日もそんな一日を頭に描いていた。

(あ、今日は集落へ行く日だわ)

食べ物は痛むので買い置きがしにくいが、毎日通うのは大変なので3日に1度の買い物になっていた。

買い物、といえばオランを想う。

(あの人は、元気なのかしら)

オランへ行ってみようか、と思うこともあった。
1日かける覚悟で行けば、まめに休憩をはさんで、フランが疲れてぐずることもないだろうかと思う。

しかし、ネロリには教団の場所も神殿の場所も知らない。

そう考えると、どうしてジェラルドは帰ってこないのか考え、腹立たしく、そして悲しくなった。
そして最後にはいつも「あの人は頑張っている」という結論で、考えることをやめるのだった。

コンコン コン

ハッとしてネロリは玄関戸を見る。
フランが走り寄り、届かないドアノブに手をかけようとしていた。

「あらあら、待ちなさい」

このノックはヤーンだ、とネロリは覚えている。
前と違い、今はヤーンの訪問を厭わしく思わなかった。
むしろ歓迎する気持ちがあった。

ジェラルドのことを色々聞こう、と思った。



「おはようございます」

扉を開けてネロリは言った。
開けた先に居たのはやはりヤーンだ。
ネロリの笑顔に驚いているようであった。

「おはようございます」

やや恐縮した様子でヤーンが頷いた。

「今日、狩場の方に用事があるので、行く前にこちらへよっt」

「どうぞ、一休みしてくださいな」

ヤーンが前置きを喋り終わる前に、ネロリは中へ迎い入れた。
それもヤーンの調子を狂わせた。

「フラン」

ネロリはフランを呼び、ママはお客さんとお話するからいい子にしていてね、と言葉をかける。

そうしていつもの席、ダイニングテーブルの向かいにネロリとヤーンの二人が座った。

「今日は天気がいいですね。狩場へ行くには丁度よさそうですね」

他愛のない話から入り、ネロリは話題をジェラルドのものへ移していった。

―――あの人は元気していますか
―――何をやっていて、どのくらい忙しいんでしょうか
―――あの人の様子は、どのようですか

ジェラルドが暫く帰ってきていないから心配している、ということはあまり悟られないようにしたかった。
ただの強がりなのか、家庭不和に思われたくない見栄なのか、いずれにしろネロリは、毅然とした妻を演じたかった。
しかしそのようなものは、いくら隠してもヤーンがジェラルドの近くにいるならば隠しようがないことも、わかっていた。

「ジェラルドさんは立派ですよ」

「そうですか」

「神官ではないですが、神殿においてもうすっかり無くてはならない人物です」

ネロリはいつもこのセリフで安心してしまう。
しかし今日は、自分を誤魔化さない気持ちを強く持とうとしていた。

「神殿の場所、どこですか?」

「すみません、そればかりはさすがに奥さんでも、私からは言えません」

「そうなんですか・・・」

ネロリが落胆の表情をして下を向いたときも、ヤーンはずっとネロリを見ていた。

「でも奥さんが秘密を守られれば、教えられないこともありません」

「秘密・・・?わたし、守りますよ。絶対守ります」

二人の視線はぶつかった。

「ならば、フランくんを外へ出してください」

「そんな。まだ小さいから危ないですし、わたしたちの会話も意味がわかっていませんよ」

「いやいや。わからないから聞かせてもいいだろう、というのは違います。
 第三者のいる場所で極秘事項を漏らす。
 これは私が、秘密を破る行為をしてしまうことになるでしょう?」

ネロリとしては腑に落ちないところもあったが、逆らっても事は良くならないだろうと、渋々受け入れた。
フランへ、少しの間お外で遊びなさい、遠くはダメよ、と伝えて家から出した。

「ありがとうございます」

ネロリの行為にヤーンは礼を言った。

ネロリが椅子に戻り、さて口を開こうという前に、ヤーンが切り出した。

「では、先に奥さんの方から、秘密を守るという証明をしてもらいます」

ヤーンは席を立ち、ネロリの前へ行った。

「? どういう・・・」

テーブルの上に乗せていたネロリの手首がヤーンに掴まれた時、ネロリはヤーンに騙されたということを知った。

「やめてください!やめてください!!
 守れません!わたし、何にも秘密守れません!!
 やめて!! 言うわ!! イヤ!!!!」

それは金切り声の叫びとなり、外にいるフランに火をつけたかのように泣かせるほどだった。

「ギャーーーー!!!ママーーー!!!
 こわいーー!!マー!!マーーー!!!」

直接は見ていないが、ネロリの悲鳴がフランには充分恐怖だった。

鼻息を荒くしていたヤーンも、その二つの悲鳴に挟まれて、一目散に小屋から逃げていった。


それからネロリは、10日以上、この狩猟小屋を離れて農家の集落に世話を願い出た。


GM [2012/08/06 03:12]
雷がどこかに落ちた。

「・・・さ ぅい」

もう夏は始まっているというのに、雨が降り始めるとあたりの気温は一気に下がった。
フランは足に足を重ねたり、手で足の爪先を握ったりしている。

竈に残っている炭は、もう何日前に消えたものかわからない。


『ダリル様のお母様は、こちらへ何日前にいらっしゃいましたか?』

タリカがフランへ尋ねると、フランは10秒以上黙ったのち、首を横に振った。

「ゎか なぃ」


―――――――――――――――――――――――

ダリルは、雨が入ってくるというのに窓を開けて外を見ていた。
雷が落ちるところを、じっと見ていた。

「おっ」

空に、雑草の根のような形をした稲妻が走る。
その光と轟音に、ダリルはときめいた。

―――竜でも出てきそうだ。
もし竜が出たら、オランからは一斉に冒険者達が飛び出してくるぞ―――

そのシーンを想像するといてもたってもいられない気持ちになったが、背中からの声でそれは消沈した。

「あらま!この子は窓開けてなにやってんだい!
 閉めなさい、寒くて母さんの膝が痛むんだよ」

太り気味の母、カレンはとても貫禄のある声を出す。

「そうだダリル」

そのカレンが声を潜めた。

「フローの家へのお使い頼んだあと、荷物はどこ置いた?
 洗い物が見当たらなくてさ」

フロー。
フランのことだが、カレンたちの間では"フロー"と名前を変えている。

この家では、ネロリを雇っているからだった。

半年前に彼女がこの辺の集落に駆け込んできた。
ネロリが必死の形相で農家の集落に飛び込んだのは、4年前と半年前の2度。

4年前の時は、
「賊が出て家に入り込んできたのです。わたしとフランだけでは居られません。どなたか、厄介にさせてもらえまえんでしょうか」
とのことだった。

集落の男たちがネロリの家の様子を見にいったが、特に荒れているというわけでもなく、椅子が倒れているだけだった。

それでも、ネロリが女性たちとだけ居たがる様子から、集落の人々は薄々察した。
ネロリが気を許した農婦がそれとなく、何があったのかを聞こうとしたが、ネロリは泣いて口を閉ざすだけだった。

集落の間でジェラルドの噂は色々立ち、存在は憎むべきものとなりつつあった。
それは妻を放置していたことに起因するもので、ジェラルドが暗黒神を信奉していることは誰にも想像しがたかった。

ネロリは集落に厄介事を運んでいるが、4年前から農家の手伝いを勤めており、この狭いコミュニティの中で一員になることが出来ていた。
半年前まではおかしな言動もなく、非常識な部分も可愛い部類のものであったため、ネロリを面倒に感じる人は、彼女の近くにはあまりいなかった。
彼女とあまり接せず、人伝いの噂を聞いて判断する人は、ネロリを嫌った。

その、半年前。
ネロリは、フランが死んだ、と集落に伝えに来た。

驚いた集落の者は、一斉にネロリの自宅へ向かった。
そしてそこで光景を見て、一様に絶句した。

しかしカレンは、年老いたフランに声をかけた。

「あんた誰だい」
「・・・フラン」
「嘘つくんじゃあないよ」
「うそじゃ、ない!」

その拙い言葉の様子は、フランのものだ、その場にいるものはそう確信した。

「ママはどこ行ったのさ」
「ママ・・・さけんで、でて いった!」

そして、フランだという老人は、わんわんと泣いた。

この家を訪れた者の中には、気味悪い、と走って集落に戻っていった者も数人居た。

それから残った者たちが帰り際に話し合った。

他の者にどんな厄災が振りかかるのかわからないところでは正直、ネロリとフランには関わりたくないが、追い出すこともできない。
フランはああだし、ネロリに詳細を聞き出すしかない。

しかし、集落に戻りネロリに問いただしても「フランは熱を出して死んだ。病気で死んだ」と繰り返すだけだった。

ネロリは完全に狂った。
集落の人間は、全員がその答えを出した。

しかし、フランや過去の事以外は支障がないため、形はお手伝いさんとして集落に置くことがいつの間にか暗黙の了解となっていた。
そしていつしか、半年前のこととネロリ、フランのことは、集落の間でどこかタブー視された雰囲気になっていた。

比較的規模の大きいカレンの家で、ネロリを置いていた。
もちろん、フランのこともついてきた。

ダリルは好奇心旺盛な年頃だから任せにくい、とはカレンが前に言ったことだった。
だからなるべく目の届かない場所――フランの元――などはカレンが赴くようにしていたが、どうしてもできないときはある。

「なんだい、どこやったい」

再度、ダリルに問いかけた。
カレンが声を張ると、嵐の音なんか弱々しいものに聞こえる、とダリルは思った。

「あー・・・、いや、あの、あの日さ、ちょっと」

「なんだいあんた!
 もしかして、行ってないんかい!?」

「あー・・・ いや、  うん」

「馬鹿な子だね!早くお行きよ!」

「え・・・ 今?」

「当たり前なこと聞くんじゃないよ!今すぐだ!!」

「う。わかったよう」

そうしてダリルは窓を閉め、土間へ向かった。
カレンはやっていた仕事に戻ろうと、ひざ掛けをとって去ろうとすると、土間の方から情けない声が聞こえてきた。

母さーーん・・・。 パンかびちゃって・・・

「バカ!他のを持っていけばいいんだよ!」

・・・・・・。 あれ、いつもの籠がないよ・・・?

カレンは、戻ろうとした場所ではなく土間へ向かった。


―――――――――――――――――――――――

「きゃ」

足元がぬかるんで、泥をかぶった木の根を踏んだら滑ったので、女は声を上げた。
もう若くはない。30歳前後といったところで、中年の域だ。

女は藤で編んだバスケットを持ち、それが雨で濡れないように抱え込んで獣道を走った。

バスケットの中には、パンと、蒸かした芋と、肉の燻製と野菜の塩漬けが入っている。
人間一人なら、2日分の食料となるだろう。

これを森の向こうの狩猟小屋へ届けろと、言われたわけではない。
女が、このバスケットが何日も放置されていることに我慢できなくて、中身を入れ替えていつもカレンが通っている道を行けばいいのかと判断した。

走っていると、雷はもう落ちなくなった。
そして雲が途切れるようになり、隙間から青空が覗く。

晴れてきた。

女は、足を止めてバスケットを握り直した。
そうして再び前を向くと、道に違和感を覚えた。

「あ・・・・・・」

再び歩き出す。

女は辺りを見回した。

「わたし、この道、知っているわ・・・・・・?」

胸がはねるようにワクワクした。

(そう、この先には、・・・そう・・・!)

見覚えのある小屋。

コンコン

ノックする。

扉が開けられた。

「・・・あなたは・・・?」

女は、タリカに向かって声をかけた。

「あ、あの。これを持ってきたんです。
 フローさんに届けてください」

女は、自分で口にしたことがおかしいと思った。
指を唇に当てて考える。

「この、家・・・。フロー・・・、?」

そのとき、しわがれた老人の、小さな声が聞こえた。

「たり か。・・・だ、れ?」

女は、扉の前の背の高い女性の奥にいる人物を見て、愕然とした。

「・・・思い出した。
 わたし、思い出したわ・・・」

そして女は玄関扉をあけ、タリカを押しのけ、家の中にいる老人の元へ飛びついた。


「思い出したわ!」

女は、老人を抱きしめた。

「会いたかった・・・ 会いたかったわ。
 わたしよ、ネロリよ」

ネロリはいとおしそうに、老人の頬を撫でた


「ジェリー。いつ帰ってきたの・・・?」


ネロリは、目の前の老人の姿が、苦労によって老けた、自分の夫だと思った。


「マ  マ」


しわがれた声が、震えた。


「パパ。
 ・・・聞いて。

 わたしたちの子は、あの子は――――。
 高熱にやられて」

ネロリの目には涙があった。

「死んでしまったの」


タリカ [2012/08/08 15:28]

 タリカがフラン様をなだめていると戸がノックされた。
 まさかこんな人里離れた小屋に誰かが来るなんて想像していなかったから、驚くと同時に警戒を怠らない。
 胸元のダガーはすぐに抜けるか?

 雨の音はもうしない。
 窓の向こうで光っていた雷も今は収まり、そこからは青い空が覗いていた。


 警戒しつつ、そっと、戸を開けた。

「・・・あなたは・・・?」

「あ、あの。これを持ってきたんです。
 フローさんに届けてください」

「・・・あなたは?・・・?」

 今度はタリカが女性に声をかける。
 近くの農家の人間だろうか。
 どうやら物取りでは無さそうだ。

「この、家・・・。フロー・・・、?」

 ?

「たり か。・・・だ、れ?」

「フラン様。
 なにか持ってきて下さったそうですよ。
 お知り合いでは?」

 奥にいるフラン様に声をかける。
 フラン様なら彼女のことを知っているだろうか。

 もう一度やってきた女性の方に振り返る。
 
「・・・思い出した。
 わたし、思い出したわ・・・」

 ?
 様子が...おかしい。

 やってきた女性はタリカを押しのけて勢い良くフラン様に抱きついた。


「会いたかった・・・ 会いたかったわ。
 わたしよ、ネロリよ」

「ジェリー。いつ帰ってきたの・・・?」

「マ  マ」

「パパ。
 ・・・聞いて。

 わたしたちの子は、あの子は――――。
 高熱にやられて」

「マ  マ」

「死んでしまったの」

「ま ま!」

「まま ぼくゎ ふぁん。ふらん」

「まあ、何を言っているのあなたったら。
 あの子は、あの子はもう...」

「ま ま!」

 彼女は泣いていた。
 フラン様もまた泣いていた。
 でもそれは違う涙だ。


 ネロリ、ママ、ジェリー、あの子...というのはフラン様のことか。
 いったい何がどうなっているのか、分からなかった。

 でもこれだけは分かった。
 彼女がフラン様の母君だということは。
 そして彼女が、何故かフラン様が亡くなったと思っていることも。
 フラン様を旦那様と思っていということも。

 いったい何があったのだろうか。
 半年前、いったい何があったのだろう。


 それからしばらくネロリ様は泣きながらフラン様を抱きしめていた。
 フラン様は自分が『パパ』では無く『フラン』ということを訴えていたが、
 ネロリ様には通じることがなかった。
 それがあまりにも哀しくて見ていられなかった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 がるふぉ

  しょうさんの文章に圧倒されて、筆がうまく進みません(^_^;)
  取り敢えず『カースを解いて本当のフランに戻すこと』という方向で
  ちょっとずつアップしたいと思いますー(分割になってしまってすみません)。

タリカ [2012/08/09 14:19]

 けほっけほっ。

「まあ、あなた、風邪?」

 抱き合っていた二人だったが、やがてフランの咳でそれは終わった。

 嵐が来て少し冷えてしまったのだろうか。

「失礼します」

 手を額に当てて体温を見る。
 少し熱があるようだ。

「寒気はしますか?」

 フランはコクリと頷いた。

「少し熱があるようですね。
 横になられたほうが良さそうです。
 ベッドはどこに?」

「え、ええ、わかったわ。
 ああ、あなた、大丈夫?」

 ネロリは寝床を用意し、そこに『ジェリー』を寝かせた。

「ま ま」

 フランが呟くがネロリ様は聞こえていないのか、
 『ジェリー』と再会したのが嬉しかったのか満足そうにしている。

「た ぃ か」

「はい、フラン様、ここに居りますよ」

「ま ま、 どぅ しちゃった の かな。
 半年あぇの あの時と おなじ」

 半年前、黒い人達、老人になってしまったフラン、おかしくなってしまったネロリ。
 タリカはその言葉に何も言えず、そっと手を手で包んでやることしかできなかった。



 それから数時間。
 フランの熱はどんどん高くなっていった。

 それは今までタリカが感じたことのない肌の熱さだった。
 ネロリはこの熱に覚えがある。
 半年前『フラン』が発熱した時と同じくらいの熱だった。
 それはこのまま『ジェリー』さえも居なくなってしまうという恐怖心を煽った。

「ああ、あなた」

 ネロリは『ジェリー』の皺くちゃな手を、祈るように掴んだ。


 ネロリは『ジェリー』の看病をし、タリカはネロリに世話を任せ、
 『フラン』のために小川に水を汲みに行ったり、解熱の作用のある薬草を探しに行ったりした。


「ああ、あなた、しっかりして。
 あなたが倒れたら、わたしはどうしたらいいの。
 せっかく会えたのに、ねぇ、ジェリー」

 ネロリはタリカの汲んできた水にタオルを濡らし看病を続けた。

 タリカは摘んできた薬草を煎じて、フランに飲ませるようにネロリに渡した。
 ネロリはそれを口に含み、口移しで『ジェリー』に含ませる。

「ま ま、 ま ま」

 フランはずっと苦しんだままだ。
 息が荒く、たまにネロリのことを呼んでいる。
 ネロリはその言葉を聞いても反応しない。

 ネロリの看病もタリカの薬草も効果は見られない。


 小屋の外では、鳥がさえずり栗鼠が枝を走り鹿が水場にやってくる。
 外はいつもの森の姿があった。
 それは日常の森の姿だ。

 小屋の中は、老人になってしまった子供。
 子供を夫と思ってしまっている母。
 外の世界に比べ、小屋の中は異常だった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 がるふぉ:

  タリカ視点だと凄く書きにくかったので、第三者視点で書いてみました。
  書きやすい!
  大丈夫...ですよね?(^^;

タリカ [2012/08/16 11:52]

 それから二日経ってもフランの熱は下がらない。

 タオルを変え、水を飲ませ、薬草を煎じても、フランの様態は変わらなかった。

 ネロリも夜通しの看病で疲れたのか、椅子に座ったままフランの横で静かな寝息を立てている。

「ま ま。 たぅけて。 ま ま」

 フランは相変わらず荒い息で苦しんでいる。


 タリカは窓の向こうを見た。
 今日は雨が降りそうだった。


「あら、やだ、わたしったらいつの間にか寝ていたのね」

 ネロリが目を覚ましたようだ。
 『ジェリー』の額に触れて、変わらぬ熱にため息を漏らす。

「あの、タリカさん、色々とありがとうございます」

「いえ。ネロリ様もどうぞ少し休んで下さい。
 タリカは慣れておりますから大丈夫です」

 黙って首を振るネロリ。

「半年前に息子を亡くし、わたしにはもうこの人しか居ないんです。
 この人まで居なくなってしまったら、わたしは、わたしはもう...」

 そう言いながら『ジェリー』の頬に汗で張り付いた髪を整えてやる。

 外では雨が振り出していた。
 窓から入る空気が少しひんやりとしてきた。

 そして夜が訪れ、フランが熱を出してから三日目の朝を迎えた。

タリカ [2012/08/16 13:15]

「ママ」


 ネロリはベッドに身を預けて静かな寝息を立てていた。
 タリカも小屋の隅で座ったまま、小人の精霊に小さな掃除をお願いし眠っていた。

 小屋に住まうブラウニーに聞けば、やはりネロリはフランの母だった。
 父は暫くの間見ていないというが数年前までは猟師をしていたいらしい。


「ねぇ、ママ?」

「ん...」

 人の声にまずはタリカが気がつく。
 明るさに順応させるように目をぱちぱちとゆっくりと開けると、そこにはネロリの背中を揺すっている子供がいた。

 だれ?と、口に出そうとして、ハッとしてベッドに視線を向けた。


「マーマ?」

 子供はネロリを起こそうとネロリの背を揺すっている。

「ん...」

 雨は止んでおり、窓から入ってくる空気の色は明るかった。

「あ、わたしったら、また...。
 あなた、だいじょう...」

 ネロリもまたベッドに視線を向け、そして固まった。
 ジェリーが居ないことに気がついたのだ。

「ああ!あなた!
 どこにいるの!ジェリー!」

 あちこちと視線をめぐらし、そして先ほどから声をかけられていた事に思いついたのか恐る恐る振り返る。
 その目が大きく見開かれ驚愕の表情になった。

「あ、ああああああああ」

 恐怖に固まってうめき声をあげるネロリ。

「ママ?」

「うそ...嘘よ...あの子は、フランは死んだのよ」

「ママ!ママ!どうしたの?僕だよ、フランだよ!?」

「ねぇ、あなた!どこなの?!どこにいるの?」

 暴れそうになるネロリをフランが抱き止めた。

「ねぇ、ママ!ママ!落ち着いて、ママ!」

「ネロリ様、どうか落ち着いて下さい」

 タリカも慌てて二人に近寄った。

 ネロリはショックのあまり気を失ってしまった。



「ねぇ、タリカ、僕はどこかおかしいの?」

 ネロリをベッドで休ませ、フランが口を開く。
 老人の姿だった時とは違い、口調に不自由さはない。


 タリカもフランの姿に驚いていたが、黙って首を横に振り、そして口を開く。

「いいえ、フラン様は元の姿に戻られたのですよ。
 普通の男の子です」

 タリカもどうしてフランが子供の姿に戻ったのか分からなかったが、とにかく呪いが解けたんだということは理解できた。
 思えばあの異常な発熱は呪いの解ける前触れだったのかもしれない。

 でもそれはネロリに理解できるかどうか、そして受け入れることが出来るのか、難しいことと思えた。

タリカ [2012/08/21 17:06]

「ん...」

 ベッドのネロリが意識を取り戻した。

「ネロリ様、水を」

「ん...」

 言われるままコップの水で喉を湿らすネロリ。

「あ、ああ、『ジェリー』無事だったのね!」

 ベッドの脇に立っている『フラン』に気がついて抱きつくネロリ。

「マ...マ?」

「いやだ、あなたったら。
 わたしよ、ネロリよ。
 しばらく見ないうちに忘れてしまったの?」

 甘えるように拗ねる仕草を見せるネロリ。

 今度はフランとタリカが驚く番だった。
 ネロリはフランのことをジェラルドだと思っているのだ。

「ねぇ、僕だよ、フランだよ。ママ!」

「せっかく元気になったんだし、なにか食べる?
 食材は何があったかしら。
 ああ、そう、パンにお肉の燻製とお野菜を持ってきてあるんだったわ。
 大したものは作れないけど、すぐに支度するから待ってて。
 タリカさんもそこら辺で座って待っていて下さいね」

「...ママ...」



 食事の支度をするネロリの背中を呆然として見つめるフラン。

「タリカ...ねぇ、タリカ。ママ、どうなっちゃったの?」

「...どうやらネロリ様はフラン様のことをお父様と思い込んでいるようですね...」

「そんな...なんで...」

「...それは...わかりません。オランに戻れば何かわかるかもしれませんが」

「...」



 フランもタリカも無言になり、野菜を刻むネロリの包丁の音だけが響く。

「ねぇ、タリカ」

 しばらくしてフランが口を開いた。

「はい、なんでしょう?」

「ママは今までずっと僕を守ってきてくれたんだ。
 ボクがまだ赤ん坊だった頃。
 泣いていればあやしてくれたし、お腹が空けばミルクをくれた。
 寒さで震えていれば暖かくしてくれたし。
 暑くてバテていれば小川に連れて行ってくれた。
 僕が駄々をこねたらおもちゃを作ってくれたり。
 パパが居ない間だって一人でずっと僕のことを守ってきてくれたんだ」

 フランは何か思いつめたような目をしている。

「そうですか、良いお母様なのですね」

 うん。と頷くフラン。

「それにね半年前に僕が高熱を出した時も、僕は意識朦朧だったから良く覚えていないんだけど、
 オランまで行ってあちこち駆けこみに行ってくれたみたいなんだ。
 パパも居ないのに遠いオランまで僕をおぶって行ってくれたんだ」


「だから、」


「だからね、タリカ」


 思いつめたような目は、それは決意の眼差しだった。



「今度は僕がママを守ろうかなって思うんだ」



「ママが『僕』を思い出してくれるまで、ずっと」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

がるふぉ:

くらいし狂ってるぅぅぅorz

下手にだらだら書くよりスッキリさせたほうがいいかなと思ってかなり端折りました。

フランのカースは高熱を出し三日三晩寝込む→回復したことにより解除されたというふうにしました。
しかしネロリにはフランがここにいるということが信じられず、フランのことをジェラルドと思い込んでいます。
変化はありましたが狂ったままということですね(^^;
無理ありすぎですかね...。

ちなみにタリカはフランの誓い?を力強く受け止めました。
描写しないほうが美しかったので削除。
タリカ [2012/08/22 16:26]

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拝啓 フラン様


こんにちは、タリカです。

出会う前に少しだけやりとりした手紙の交換をこれからもしてくださいませんか?
内容はどんな些細なことでも構いません。
フラン様の日常を教えていただけましたら。

タリカも冒険のことやオランのことを書きたいと思います。
ネロリ様を元に戻す方法を探してみたいと思います。

時間がある時にはそちらに遊びに行きます。


グレイに手紙を預けますので、グレイがやってきたら手紙を受け取ってください。

もしお返事を頂けるのであれば、グレイに手紙を預けて翔ばしてください。

あの日教えたように。


その『窓の向こう』はオランと、そしてタリカと繋がっています。



                           ta.

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がるふぉ:

『窓の向こう』わたしの締めはこんな感じです!
手紙で始まり手紙に終わる。
手紙が帰ってきたら嬉しいなぁ。

ta.は単純にタリカのサインです。

フランは「ネロリがフランをフランと認められるようになるまで」ネロリを守る誓いをタリカに対してたてました。タリカはオランに帰りはしたものの、グレイを通して文通し、フランの力になるという感じにしてみました。

どうでしょうか!
ご都合主義すぎるという感じはありますが(^_^;)


ああ...くらいままだったよ...orz
GM [2012/09/24 02:36]

その女は、願っていたものとは全く違う人生を歩んでいた。


ただ静かに、端からみればつまらないくらい平和な、皆が健やかで毎日同じような繰り返した生活を営みたいと思っていた。
日々を積み重ねること、その中に女は幸せを見ていた。


しかしそれは叶わなかった。


理想と現実の間に、埋められないほどの溝が出来た。
女の力でも、他人の力でも、もう軌道修正が不可能なことは明らかだった。


夫は戻らない。
子供も呪われた。
だから女は、現実を見ることをやめた。

 


ネロリの容態は、どんどん悪くなっていった。
子供のようになっていった。


今は毎日、集落の人間が身の回りの世話をしに来る。
そしてこの室内を見て、介護役はため息を一つつく。


「・・・まったく、この二人はああ!」


部屋の散らかっている原因は、ネロリとフランが子供のように遊び散らかしたせいだ。


介護役のフィリアは、床に散らばる草花をつまみ上げ、頬を緩める。


「フロー君。これ、捨ててもいいの?」


花輪にもなっていない、茎が絡まりあった草の塊。


「あぁー、それ、"馬車"だからダメ!」

「・・・ぇえ~?馬車に見えないよ」

「でも馬車なの!捨てないでっ」

「じゃあテーブルの上に置いとくからね。あ、この紙のところだからね」

「はぁい。紙、汚さないでね!タリカに渡す奴だもん」

「だったら自分で片付けなさーいっ。
 洗濯物は、これで全部?フロー君、他には?」

「う~んとぉ・・・あっ!昨日、裏のとこで遊んだ時に、手ぬぐいある!」

「遊んだ時の、でしょ!」

そうしてフランが家の外へ出た。

「あ・・・、や・・・、フローぉ!フロー!」


視界からフランが消えて、ネロリがぐずるように声を上げる。
フィリアは手を動かしながらもネロリの方に顔をやって、笑いかける。
そして子供へ諭すように、明るく声をかける。


「ああ、フロー君はすぐ戻るから大丈夫だよー」


ネロリは床に座ったまま、フィリアを見上げる。


「今ね、お外に洗濯するものを取りに行ったの」


フィリアはそう説明する。

わかっているのかわかっていないのかネロリは特に反応を返さないが、フィリアはこうしてネロリを"一人の人間としての子供"のように接している。
大人扱いも、特別な子供扱いもしない。


「フィリアー!これ!」


扉から大きな音をさせて、フランが戻る。


「ね?

 はーい!サンキュ」


フィリアが、ぐしょぐしょに汚れた布を受け取る。

フランはもうすぐもうひとつ歳を取る。
どんどん大人になっていくだろう。
それとは別にネロリは、今やフランの妹のような態度でいる。


フランの年頃―――いや、成人するまでまだ母という存在は欠かせないだろうに、とフィリアは少し心配する。


「・・・マーマ」


小さな声で、フローがネロリを呼ぶ声が聞こえた。
フィリアは聞こえないふりをして、洗濯物を専用の大鍋で煮ていた。


そうしてしばらく時間が過ぎた。
フィリアも別の考え事などをしていて、何分が経過したかわからなかった。


食事の支度前に希望を聞こうと、フランに声をかけるため居間の方に顔を出した。


すると、ソファの上に二人が座っていた。
フランはネロリに寄り添い、一人で絵本をめくっていた。
ネロリはうたた寝するように目を瞑り、フランの脇腹を抱えていた。


フィリアは、何も言わず竈の前に戻った。


こうしてふと、この親子は何も問題などないように見える時がある。
事実はおかしくとも、目に見えないところでは、壊れていないんだと感じる時がある。
しかしそれは刃の上を行くように脆く、緊張したバランスの上で垣間見れるものでしかない。


三人は、静かに、静かに、息をした。
この時間を壊さないよう、静かに、静かに。