野薔薇の冒険記『Born Slippy』

エグランチエ [2012/08/19 18:36]



「...どうして...、どうして...何をしているの、野薔薇っ!!
 フィリモンドを殺してしまうなんて!旅の仲間じゃないかっ!!」

 フィリモンドに手を掛けた私にルイネ君は罵声を浴びせました、当然ですよね、怒るのは当然ですわ。でも、もう食べ物が足りないの。帰り道の分の保存食は残しておかないといけませんし。ここなら近くに氷河がありますから、その氷の中にフィリモンドの肉を入れておけば保存する事も出来ます。フィリモンドを殺せば食べ物に困らずに済むのです。仕方が無いの、仕方が無いのです。ルイネ君の足は帰りにはフィリモンドを必要としなくなっているはずですもの。

 もともと少なくなっていた私とルイネ君の口数がとうとうその事を境に一切無くなってしまいました。もちろん恐らくこうなるだろうという事はわかっていました、そしてそのフィリモンドの肉を口にしてはくれないだろうという事も。でもどうしても食べてもらいませんと、ここまで来てルイネ君を飢えさせてしまったりしたら、私が奪ったコカトリスとの子供とフィリモンドの命を無駄にしてしまうことになりますから。それは私達がフィリモンドの肉を食べる事になる最初の夕食時のことでした。

「食べなさい。」

「いやだ。絶対に食べるものか。
 それはフィリモンドだ、僕の仲間だ。」

「そうよ、だから、フィリモンドの命を無駄にしない為にも...。」

「殺したのは野薔薇じゃないか!しかも焼くだなんて、惨すぎるよ。
 言ったじゃないか、僕は誰かを犠牲にしてまでして生きたくない。」

「...食べないと、あなたが飢えて、死ぬのよ。」

「...。」


 結局その日はルイネ君は食べてくれなかったの。次の日も、その次の日も。幸いヘンルーダだけは食べ続けてくれたのですけれど、このまま食べない日が続けばルイネ君が体を壊してしまう事は明らかでした。私ももう少し器用なやり方は無かったものかしら、自分自身も精神的に参ってしまっている事実にその時になって初めて気付いたの。でも、どんな手を使ってでもルイネ君に食事を取ってもらいませんと、弱気になってはダメよ。私はどう思われても構いません。ルイネ君が無事でいられるならば何でもすると決めてここに来たのでしょう、エグランチエ。


「―――もうずっと食べていないわ、ルイネ君。
 取っておいた保存食でもいいわ、お願いだから、食べて。」

「...。」

「ねえ、食べて。本当に死んでしまうわよ。」

「...。」

「食べなさい。」

「...!...野薔...薇...?」

私は剣を抜いてルイネ君の首筋に当てたの。

「...食べなければ...殺すわ、あなたが飢えて苦しむ前に。」

「い...いやだ...。」

 その答えに私は剣をルイネ君の首筋に押し付ける、一筋の血が流れ落ちました。もちろん殺す気など毛頭ありません、でも脅しつけてでも、どんな思いをしたとしても今日は食事を取って貰いませんと。本当に死んでしまうわ、ルイネ君。せっかく此処まできたのに。

「...私は本気よ、ルイネ君。死にたくなかったら食べなさい。次は無いわ。」

「...うっ...うっ...。」

 ルイネ君は観念して嗚咽交じりにフィリモンドにごめんとひたすら謝りながら、焚き火で焼いていたフィリモンドの肉を手に取るとその口で頬張り始めました。この精神状態では、戻してしまうかもしれないと心配をしていましたが、ルイネ君の体はルイネ君の意思に逆らって生きる事を望んでいたみたいです。そうよ、それでいいの、ルイネ君。幼いコカトリスやフィリモンドの為にも、メリンダさんや私の為にも。そして何よりあなたの為にも。

 でもルイネ君の意思は私が思っていたよりも大人しくは無かったの。ルイネ君の意思に反してフィリモンドの魂を取り込んだ体を再び従わせて私が思ってもいない行動を取ったのです。その小さな手で懐に仕舞っていた銀の短剣を抜き放ち私に刃を向けたのです。

「...もううんざりだ、野薔薇。
 旅も何もかも、もううんざりだよ。」

「...ルイネ君。」

「もう野薔薇には従わないよ。近付いたら刺す、僕は本気だよ。」

「...。」

「僕は何かを犠牲にしてまで生きていたくなんか無いんだ。
 野薔薇や他の大人のように乱暴を働いてまで生きていたくない。」
 
 そんなルイネ君に私は構わず近付いていく、ルイネ君をこんなにまで追い詰めてしまったのは私だもの。言い訳なんてしないわ。でもこの状況を理解して貰う必要はあるわ。その為には私はどうすればいいのか。正直、さっぱりわかりませんでした。でもこうする他に無いと思ったの。ルイネ君を再び追い詰めるように、その肌に触れられる程にルイネ君に近付いた私はその小さな体を抱き締めたのです。私の体に短剣は突き立てられていませんでした。

「...刺さないの?ルイネ君?」

「―――っ!!!」

脇腹に痛みが走った、ほんの少しだけ。本当に私を刺したんだ、ルイネ君。でもきっとあまり深くは無いわ。ほら、続いてすぐにナイフを落とす音が聞えたもの。それにそんなに痛くないわ。

「...っ。」

「...あ、あああ...野薔...薇...、僕、僕。本当に、野薔薇を...!
 血が...血が出てるよ...!野薔薇...早く...手当てをしないと...!」

「大丈夫よ、大したこと無いわ。
 そのままでいいから、聞いて、聞いてください。」

「...。」

「私を殺すのは構わないわ。でも、私を殺したら、
 その私の分まであなたは、強く生きないと、許しませんわ。」

「野薔薇...。でも、でも...。
 どうしてこんなに辛い思いをしないといけないの?」

「あなたが生きているからですわ。」

「何の為に...。」

その問いに私は微笑んで答えたの。

「ルイネ君、あなたは優しすぎるわ。
 でも言うなれば、それはあなたに託された意思の為よ。」

「僕に託された意思?それは何?」

「わからないわ、でもあなたが此処にいるという事に、
 あなたのパパやママと、メリンダさんと、私の意思が絡んでいるの。
 ルイネ君が立派に成長して欲しいと言うあなたへの意思の為になら、
 この世のどんな物もその為に犠牲にするだけの価値があなたにはあるの。」

「そんな価値、僕になんてあるはず無いよ。」

「いいえ、この世に生まれたすべての生き物にそれだけの価値があるわ。
 あなたにも私にも、あのコカトリスにも、フィリモンドにも平等に。」

「...よく、わからないよ。」

「本当はわからなくても良いのよ。だからあなたは優しすぎるの。
 何かを犠牲にして生きるって特別な事ではないのよ、そう言う物なの。」

「でも、僕は...。」

「考え過ぎなの、あなたはあなたが犠牲にした命の為にも。 
 強く強く生きて行けば良いの、そしていつかあなたも...誰かの...為に...。」

「野薔薇...!?」

「ふふふっ...思ったより...力があるのね...ルイネ君。」

傷が思ったより深かったみたい、意識が朦朧としてきました。
本当にここが私の最後だったりして、私の命もずいぶん粗末なものなのね。

「野薔薇...っ!やだよっ、野薔薇っ!!!!」
 





―――そして、恐らくその次の日。
柔らかな日差しに私は目を覚ましました。


お腹の刺し傷には包帯が巻かれているみたい。
ルイネ君が手当てをしてくれたのかしら。


そのルイネ君はと言えば、あら、どうやら近くにはいないみたい。
脇を見れば昨日は空になっていた水桶に水が注がれていました。


そう、ルイネ君。
もう歩けるようになったのですね―――。


---------------------------------------------
〆です、こんな形ですが。野薔薇の今回の冒険はここまでです^^
ここまで読んで下さった方、ありがとうございます><