ルイネの冒険記『旅立ち』

エグランチエ [2012/07/31 20:54]


―――それからルイネの、僕の冒険は始まったんだ。


 出発はあの日から明後日、野薔薇と僕は一度帰ってそれぞれの準備を整える事になったんだ。それにしても吃驚したんだあのメリンダがだよ、僕が遠くまで冒険に出ることを許してくれるなんて、しかもメリンダから野薔薇にお願いをして。僕はその時のメリンダの表情が頭から離れない、あの修道院の怖い顔のおじさんに相談に行った時のような表情をしていたのに僕はその表情が不思議とイヤじゃなかった。どうしてだろう、僕は涙が出てきちゃったんだ。そんな僕をメリンダは優しく抱きしめてくれて、僕はまだだというのに行って来ますって暖かな腕の中で何度も繰り返していたんだ。野薔薇は微笑んで僕達を見つめていた。

 約束の明後日、まだ東の空が輝いて世界が目覚めて間もない頃に、野薔薇が旅の準備を終えて僕の家まで迎えに来たんだ。野薔薇は一頭の茶色の馬を連れていた、この旅の為に良い馬を用意したって言ってた。名前はまだ無いらしい、どうしてかと聞くとこの馬はこれからしばらくルイネ君の相棒となるのだから、僕に決めて欲しいと言っていた。だからね、今頑張って考えているんだ。立派な名前を付けてあげようと思ってね。僕も野薔薇が訪れるまでの間に色々と考えて準備をしていたんだ、メリンダが用意してくれた沢山の保存食に数着の着替えにタオルにお守りに色々大きなリュックにと入ってる。その渡してくれた物の中に一振りの銀の短剣があった。メリンダはこの短剣を抜く事がないように祈ってると言っていた、でも僕が冒険家として始めて手にした本物の剣だ。僕はそれはリュックにと仕舞わずにこの手でずっと握り締めていた。

 リュックを背負いった僕を野薔薇は馬に乗せた。訓練を受けた乗用馬ではから僕を乗せたまま走り回ることは出来ないみたい、それでも僕を一つの荷物として乗せたまま旅をする事は出来るみたい。この旅で人を乗せて走れるようになるといいね、僕はそう言ってその馬の髪を優しく撫でた、心なしか気持ち良さそうにその馬は嘶き首を震わせたように思えた。「それでは、ルイネ君をお預かりいたします。」そう恭しく野薔薇はメリンダに告げた、メリンダはその言葉に深々と頭を下げて応じたんだ。「いってくるね、お土産を持って帰るから元気にしててね。」僕はメリンダにそういうといつも通りの笑みを見せてくれたんだ、送り出しの言葉として僕にはそれ以上の物は思い浮かばなかった。またね、メリンダ。必ず元気になって帰ってくるからね。まだ日の昇りきらない東の空に向かいパダを目指して曙光と落日の街道を僕達は歩き始めた。

 

 冒険と言えば、僕の想像していた物は色鮮やかに移り変わる景色に様々な出来事、色々な人々との出会いに助け合いに、時に騙しあいに、そして時には命を取り合うことになったり。小説では語る事が出来ない位の圧倒的な密度を誇る退屈など仕様も無い波乱に満ちた大冒険だった。でももう、家を出てから半日が過ぎようとしていた。何にも無いんだ、人とすれ違う事もない、魔物が出てくる気配もない。景色さえもあまり変わらない、ひたすら続く道と草原とその先に見えるまだ青くかすむ目的の山脈だけだ。それでも夢にまで見た本物の冒険だ、僕の興奮は冷め切らなかった、野薔薇にはいろんな事を聞いた。あの手紙の冒険は作り話だけれど、グリフォンと戦ったことはあるんだって、しかもそのグリフォンに止めを刺したのはあのタリカだって、タリカもアレルも実在するんだって、どんな人なんだろう、会ってみたいな。そんな何も無い道中だけれど退屈する事はなかった、野薔薇も楽しそうに色んな事を教えてくれた。聞いて、今度僕に剣を教えてくれるんだって、約束しちゃったんだ。そのまま何も無いままやがて西の空に日は傾き当たりはうっすらと暗闇に包まれていった。

 僕達の歩く曙光と落日の街道の名前の由来は落ちた都とオランを繋ぐ道という事から名付けられているらしい、野薔薇はこの先のパダで一休みした後はこの街道の隣を流れる川を辿って旅を続けるらしい、そこからがこの旅の本当の始まりだって野薔薇は言っていた、でも僕達のいる場所からはそのパダの明かりすらまだ見えない、どうやらこの世界は僕が想像していたよりもずっとずっと広い。僕達は今夜は本当に何も無い川の辺で一晩を過すことにした、木の枝を拾い集めて小さな焚き火を作って、持ってきていた保存食を暖めて食べた。その間も僕は野薔薇に色々な事を聞き続けていた、野薔薇は嬉しそうに一つ一つ答えてくれる。僕はまだ始まったばかりでまだ何も無い冒険をすでに楽しんでいたんだ。そして僕は野草のベッドに寝転がって夜空の星を見上げて眠りの時間が訪れるのを待っていると、今日一番の素敵な出来事が起こったんだ、魔法だ、本物の魔法を野薔薇は使って見せてくれたんだ。野薔薇は石ころを一つ手に取るとその石ころに呪いを掛けたんだ、するとその石ころが膨れ上がって丁度僕くらいの大きさの石の人形になったんだ、僕もう大興奮だった、目なんてすっかり覚めちゃったよ。でもはしゃぐ僕を野薔薇はなだめて再び毛布の中へと潜らせた。この人形は眠っている間の僕達を守ってくれるんだって、だからこの人形が仕事を果たすためには僕は寝ないといけないんだって。ちょっとがっかりだよ、あの手紙みたいだ。そして気がつけば僕は夢の世界へと旅立っていた。


 僕が目を覚ましたのは明くる日の再び太陽が昇って間もない時間に突然と叫び声が聞えてきたからだった。何事かと飛び起きた僕をすぐに抱え込んで大丈夫だと安心をさせてくれたのはもちろん野薔薇だ、彼女の顔は朝だと言うのに真剣そのものでその手にはすでに剣が握られていた。野薔薇は立ち上がり辺りを見渡して剣を仕舞うと先程の叫び声の場所まで歩いていった、目と鼻の先程にすぐ近くだった。その正体は痩せ細った狼だった、見れば石の人形の手にはその狼のものと思われる血糊がこびり付いていた、此処で初めて辺りに漂ううっすらとした血の匂いに気が付いたんだ。「怪我は無い?」野薔薇の言葉に僕はすぐに頷いた、突然の出来事に僕の心臓は高鳴っていた、無意識に手元に用意していた銀の短剣を握り締めていた。戦いと言うものはもっと派手で手に汗握るものだと思っていた、でも気付けば終わっている程にあっけなくて、残っているものは動かなくなった狼の死骸と血の匂いだけの虚しいものだった。「早く此処を発ちましょう、血の匂いが他の魔物を引き寄せるかもしれないから。」その野薔薇の言葉に僕は素直に従ってすぐに準備を整えて再び馬に跨った。


「そうだ、野薔薇、聞いてよ。この馬の名前を考えたんだ。フィリモンドだ。
 メリンダがずっと昔に僕に話してくれたおとぎ話に出てきた名前なんだ、
 言う事をよく聞く良い子を夢の世界に連れて行ってくれる馬の名前だよ。」

「ふふふっ、良い名前。ウェンデルの童話ね。私も昔によく聞いたわ。
 じゃあ今から、このお馬さんはフィリモンドね。よろしくフィリモンド。」

「よろしくフィリモンド。」


再び続く景色の変わらない道中で僕らは二人また笑い合った。
やがてまた日が暮れてその頃には遠くのほうにパダの灯りが輝いていた。


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終わらせるのです、終わらせるんです、大丈夫です...!(笑)
馬の名前の元ネタは特にありません、オリジナルだったり^^;

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