野薔薇の冒険記『冒険者の街』

エグランチエ [2012/08/09 23:21]


 パダへと辿り着いた私達は早速今夜を過ごす宿を探しました。ここはレックスに眠る財宝を求める者達が興した冒険者の街、定住する人間がそもそも少ないこの街ですから質を求めなければ宿にはすぐにありつけます。しかしオランの環境を見慣れた私達にとっては荒野の上に石垣を並べただけの様にしか見えないその町並みはスラム街とまるで区別が付きません。土臭い通りを行く途中の脇道を覗く度に生死すら定かでない座ったまま動かない浮浪者達が目に付きます、治安の悪さも想像に難くありません。私は街の外よりもむしろ不安そうな顔をして馬に跨るルイネ君の手を握りながら見た目だけでも綺麗な宿を探し歩きました、そして結局見つからなかったの。仕方なく入り口から続く大通りに面した宿を選びました。

 その宿の質素な部屋で過ごした夜はと言えば酒場が近くにあるわけでもないのに一晩中外から話し声に怒鳴り声に笑い声に悲鳴に大凡子供が安心して過ごせるような環境ではありませんでした。私は今までの旅路でしていたのと同じように今までの冒険談をルイネ君に聞かせ続けました、この街は冒険者の町であるというのに冒険者に夢を見る少年が過ごすには辛い街です。ルイネ君は寝台の上で毛布に包まりながら私の話に笑ったり外の声に驚いたりしているうちに、慣れない旅の疲れもあったのでしょう、こんな街中でも静かな寝息を立てて眠ってくれました。明日からはしばらく人里で過ごす事も出来ませんから、こんな場所でもせめてゆっくりと過ごして欲しかったの。そんな私もうつらうつらとし始めた頃、ふと見たルイネ君の瞼から一筋の雫が流れ落ちました、そして小さくメリンダの名を口にしました。その様子に、私は正しい事をしている、なんて考えてしまう自分が嫌になります。大丈夫よ、すぐによくなって、一緒にメリンダさんの元に帰りましょうね。ルイネ君は私が絶対に守りますから。

 私達を迎えた朝は静かなものでした、私の隣のルイネ君の安らかな寝顔が何よりもの心の安息をもたらしてくれました。私はルイネ君を起こさないように外へ出て、井戸へ水を汲みにその帰りに店員に朝食を頼むとまた部屋に戻りました、するとベッドの上からおはようともう聞き慣れた声が私を迎えて笑顔でそのお返事をしました。すぐにまた旅の支度をしませんと。まもなく店員がパンの焼きたての香ばしい匂いを漂わせながら朝食を運んできました。ルイネ君に朝食にしましょうとベッドから出てくるように声をかけると、ルイネ君は申し訳なさそうな顔をして出来ないんだと答えました。私はルイネ君を包んでいた毛布を剥ぎ取ったの、そこには脹脛まで石と化したルイネ君の足がありました。

「ごめん、野薔薇。僕はもう歩くことすら出来そうにないよ。」

私はその声に精一杯に微笑んでこう答えました。

「そう、大丈夫よ。私があなたを運んであげますから。さあ、掴まって。」

 急ぎませんと、ここにきて病状の悪化が激しくなるなんて。私はオランでは用意し切れなかった保存食とフィリモンドの食料を買い足して急ぎ足にパダを発ちました。東へ、パダからグロムザル山脈まで続く長い長い川に沿って。大丈夫よ、ルイネ君、あなたは絶対に私が助けますから。再び馬に跨ったルイネ君の手を握り締めて、頑張りましょうねと声をかけて微笑みました。

 川に沿って東へ東へ、私達は進んでいきました。いまだ遠くに青く霞むグロムザル山脈、隣を流れる大きな川以外見渡しても一本の木が印象深く思えるほどの何も無い大平原、振り返ればまだ見えるパダの都市。そこを発ってまだ一日と過ぎないというのに私にはもう距離感というものが麻痺していました。グロムザル山脈への道のりが永遠に続くかのようにも思えてきます。そんな私の気を紛らわしてくれるのは他ならないルイネ君の存在、なんて強い子なのでしょう、その瞳の輝きは出発当初と変わらないようにすら見えます。もうすでにお話した冒険譚を再びと聞かせても飽きずにその先の展開を言い当てたりして楽しそうにおしゃべりをしてくれました。

 そんな道のりの二日目の事です。あの大きな岩を見てと、そうルイネ君が指差す先にあった岩の奇妙な形について他愛も無いお話をしていた頃、もう日も暮れ掛けていたのもあって私達はその大きな岩のふもとで夜を明かすことにしたのです。道中に拾い集めておいた枯れ木に火を付けて石の従者を召還し岩の陰に馬を繋げて、建てたテントのその中で毛布に包まり夜を過ごす。タリカに以前野伏の技術について教わった少し習った事があったの、今はその時の知恵がとても生きています。その夜は二人とも疲れ果てたのか会話も少なく眠りに付きました。次に私が目を覚ましたのは感じたあまりの肌寒さからです、そしてこのテントを叩く無数の細かな音、雨でした。日はもう出ていると言うのにあたりは薄暗い。いまだ目を覚まさないルイネ君を起こそうとすると、その苦しそうな表情がすぐ目に付きました。荒れた呼吸を繰り返すその顔の額に手を当てれば酷い熱です。そんなルイネ君がうっすらと目を開けて私を見つめました、その何かを訴えかける視線に私はこう答えました。

「今日はここで休んでいきましょう。あなた酷い熱が出ているわ、まずはそれを治さないと。大丈夫よ、すぐに治りますわ。元気になってからまた出発しましょう。」

私の言葉にルイネ君は何も答えずに、そのまま再び目を閉じました。


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もう一個投下します!

パダの街は僕の脳内設定な部分が濃いかもです。
すいません、許して下さい><