ルイネの冒険記『一つの世界』

エグランチエ [2012/08/09 23:23]


 僕を起こしたのはポツポツとテントを叩く雨の音と、僕の頭を内側から叩かれ続けるような連続する鈍い痛みだ。寒気がするよ、きっと風邪を引いてしまったんだ。目を開けているのもだるいからそのまま閉じて、薄くて頼りない毛布を精一杯に握り締めて体を包んでまた眠ってしまおうと思ったんだ。野薔薇が目を覚ましたがわかったけれど、そのまま気が付かない振りをして目を閉じた。そんな僕に野薔薇はいつもどおりの笑顔でやさしく言ったんだ。今日は旅はお休みするみたい。ごめんね、野薔薇、こんなに寒いのに僕に自分の毛布を掛けてくれたんだ。雨はなかなか降り止まなかった、フィリモンドが寒がっていないか野薔薇に尋ねると岩陰に隠れて雨は凌げているみたい。

 寒い寒いよ。毛布がまるで足りない。でも此処には毛布なんて無い。おうちのベッドに入りたい、あのふかふかですべすべで暖かいお布団に入りたい。メリンダの暖めたミルクが飲みたい、僕が熱を出すと決まってすぐに作ってくれるんだ。そしてふうふうと覚ましながら少しずつ飲ませてくれるんだ。でも此処にはメリンダもいない。何にも無い。何にも、ただ、つまらないだけの世界がひたすら広がっているだけじゃないか。

「...あのパダの脇道にいた人たちは何...?」

 痛みの引かない頭に嫌気がさしてきたら、それが引き金になったみたいに色々な事が不満に思えてきて、今口にした言葉はそんな僕の中で膨れ上がった気持ちの先端にあったものだった。僕はあのパダの街の大通りで気になっていた事を、そして聞かないようにしようと理由も無く嫌な予感がしてそう決めていたことを野薔薇に問いかけていた。

「手紙の野薔薇の冒険で何度もパダに訪れていたのにあんな人たちの事なんて書かれていなかったよ。みんな生きてるか死んでるかもわからなかった...。」

次から次に出てくる言葉に野薔薇は困惑しているみたいだった。

「それは...。」

「...それに冒険者ってみんな格好良くて勇敢で陽気で優しい人達だって思ってた。冒険者ってみんなお酒ばかりを飲んで夜中に人を殴って笑って喜んでいるの?僕達の泊まったパダの街は、本当に冒険者の街の、あのパダだったの...?」

「この私も冒険者よ。私もお酒ばかり飲んで夜中に人を殴って喜んでいるように見えて?」

「...ううん。」

これは本心だ、野薔薇はそんな人ではないよ。
だけれど納得も出来ていなかった。

「ルイネ君、あなた疲れてるのよ。ほら、持ってきてた紅茶葉を淹れてみたの。これを飲んで今日はぐっすり眠ってゆっくりと休みなさい。私の毛布を使っていいから。」

「...うん、ありがと...。」

 そう短く答えて僕は野薔薇に背を向けて目を閉じたんだ。その時が初めてだったんだ、野薔薇が僕の問いに答えてくれなかったのは。野薔薇は良い人だ、わかってる、だけどどうしてかそんな野薔薇に腹を立てていたんだ。

 次の朝になってすっかりと雨は止んだ。そしてそのその代わりに広がった青空のように僕の体調はすっかりと回復していた。そしてもういつの間にかいつも通りおはようと野薔薇があの空の太陽のような笑顔で僕を起してくれた、その笑顔を見て昨日の僕の腹立たしさが申し訳なくなった、ごめん、野薔薇。僕は彼女と同じように笑顔を作って同じ言葉を返したんだ。

「ルイネ君。具合はどう?」

「うん、もうすっかりと良くなったよ。ありがとう、野薔薇。
 昨日は、その、迷惑を掛けちゃって、ごめんなさい...。」

「迷惑なんかじゃないわ、あなたは旅の仲間なのだから。
 助け合うのは当然よ、冒険者ってそういうものでしょう?」

「うんっ。」

その言葉が本当に嬉しかった。
そうだよね。冒険者はそうで無いと。

僕達は再びあの青く霞むグロムザル山脈を目指して歩きだした。
その山の向こうまで気持ちの良い青空は広がっていた。


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二連投...!もうちょっとで山に着くぞ!着くぞ!
この旅を終わらせます!もうちょっとだけよろしくお願いします><