野薔薇の冒険記『奇跡は灰色の中に』

エグランチエ [2012/08/15 13:50]

 

 パダを旅立って五日目、この日は偶然見つけた川辺の一本の木の下で夜を明かす事にしたの。ルイネ君はテントを張ってすぐに眠りについてしまいました、日に日に減っていく彼の口数と表情はその小さな体に疲労が溜まってきているのが目に見えてわかりました。ただでさえ慣れない長旅だもの、彼の体がすぐに悲鳴を上げるのは想像に難くありませんでした、そしてそれはこの私にも言えることです。私の足にも疲労という名の足枷が痛みという形となって姿を現し始めていました。靴を脱いでから今日は念入りに足を解したの。ふふ、私のこの素足だけを見てそれがうら若き乙女のものだと思える方は世界に何人いるのかしら。今夜はせめて水浴びくらいはしておきましょう。ひどい臭いだわ、エグランチエ。こんな姿をジュリアさんが見たらなんて言うかしら。明日の朝、ルイネ君にも勧めましょうか、もしかしたら気分転換になるかもしれませんわ。

 出発当初はルイネ君からの質問や振られる話題に忙しかったのに、今は私から彼に話しかける事の方が多いくらい。本物の冒険はどう、広い世界を歩くのって気持ちが良いでしょう?笑顔でなるべく楽しげにそう投げかけても、帰ってくるのは、うんとか、そうとか、連れないものばかり。ルイネ君が気疲れしているのは間違いないわ、でも、ため息が出てしまいます。寂しいわ、ルイネ君。私はあなたの為に...違うわ、違うでしょう。私のため、でもあるのですわ。がんばりましょう、この旅が終わる頃にはルイネ君の顔に笑顔が戻っている事を信じましょう。

 その日からまた数日後、私たちの前に迫っていた大きな丘を越えると、グロムザル山脈を青く霞ませていた空気の衣が薄らいでいてようやくとその山の素顔を見れるようになりました。頂上が白く染まった剣の先のような山々と、その間に敷かれた白銀の絨毯のように連なる巨大な氷の塊。目に見えて動かずとも大きな軋む音を立て十分に流動的に見えるその氷河は私達の隣を流れる川の先へと繋がっていました。この川の水源地に違いありません。息を呑むような絶景にルイネ君が感嘆の声を上げました。私がもうすぐ目的地に着くわと言うとルイネ君の笑顔がずいぶん久しくも思える笑顔を見せてくれました。

 学院で調べた情報が正しければこの辺りにヘンルーダが群生しているはずです。そしてコカトリスたちの巣も存在しているはずです。辺りを見渡して歩いてみれば目に付くのは灰色の岩肌とその上に苔のように生える小さな雑草ばかり、そこに動くものといえば私たちとその頭上を流れるオランで見えたものと何も変わらない雲だけです。コカトリスはおろか動物の影ひとつ見つかりません。そんな私たちを山が小馬鹿にするように冷たい風がひゅるりと吹き抜けました。

「この辺りにヘンルーダがあるの?」

ルイネ君の言葉にええと答えこう続けました。

「そのはずなの。あの学院の情報が間違っていなければ...ですけれど。」

「...。」

 しばらく二人でヘンルーダを探して歩きました。これまでの道のりでヘンルーダの形については地面にと絵に描いてみたり色や性質や色々と探す手掛かりとなるようにルイネ君には伝えてありました。岩の上に不規則に群がる小さな茂みを渡り歩くように探し続ける私達、一向にそれらしい草は見つかりませんでした。ここにあるはずなの、学院の書籍にはそう書いてあったの、あの賢者様はそう言っていたの。ここにきて、ここまできてその情報が誤りだなんてあんまりですわ。でも無情にも時間は一刻一刻と過ぎていきやがて青く澄み切っていた空は橙色に染まり出しました。

「...きっと、あるはずよ。よく探していきましょう。
 鶏のような動物を見かけたら私にすぐ教えてくださいね。」

「...うん。」

「がんばりましょう...ね。」

 すでに太腿まで石と化したルイネ君を撫でながらそう言いました。メリンダさんは言っていました、私の手紙に喜んでいた時はルイネ君の病気はまるで息を潜ませるかのように進行しなかったと。今の石化の進行速度はまるでルイネ君のその心境を私に曝け出させているかのように感じてなりませんでした。ここで見つける事が出来なければ、ルイネ君はきっと...そんな私の心境を逆に覗いたかのようにルイネ君がこう返しました。

「...僕はもう...メリンダに会えないのかもしれないね。」

「ルイネ君...?」

「だって、もう帰れないよ。帰るまでの間にきっと僕は石になってしまうよ。だから―――」

「―――見つけるわよっ!」

そして弱音を吐いたルイネ君に私は怒鳴ってしまったの。
それから怯えたように私を見つめるルイネ君の肩を掴んでこう言いました。

「必ず見つけるから、私を信じて。野薔薇を、自分をどうか信じて。
 一緒に帰って、元気な声でメリンダさんにただいまって言いましょう。」

「うん。わかった、野薔薇。」

 そう答えてくれたのが本当に嬉しくてルイネ君を抱きしめると私の耳元でルイネ君があっと声を上げてそれから忙しなく私の肩を叩きながらこう言ったのです。―――ねえ。ねえ、野薔薇、見て!見て!アレを見て!そう指差す方向に。いつの間にか涙に曇っていた視界を向ければ、そこには鶏のような魔物が一匹。

「あれ見て、野薔薇、鶏のような魔物がいるよっ!
 もしかしてあれがグリフォン?手紙に登場した魔物っ!?」

「いいえ、違うわ。あれは、コカトリスよ。」


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パダからここまでの間をもう少し事件を起こしたかったりしましたが省略します...w
後もう少しです、次か、またその次の日記で終わらせます^^

※グロムザル山脈の位置と現実の世界地図を見比べて、そしてパダの隣に流れる名前不明の川を現実世界の長江やガンジス川を参考にしまして、その川の水源を氷河とさせて頂いてます。コカトリスの住みそうな荒野と川を共存させる為と言うのを理由にした僕の脳内世界観です^^;