ルイネの冒険記『狩人たち』

エグランチエ [2012/08/19 14:39]

 僕の指差した山肌に突き出た大きな岩の上に大きな鶏のような魔物はいた、コカトリスだ。僕達の目の前に姿を現したその魔物に僕はメリンダから預かった銀の短剣を手にしたんだ。だって魔物だよ、目の前にいるのは本物の魔物なんだ、大きな鶏にしか見えないけれどきっと恐ろしい奴に違いない。僕の足はもう動かない、だから僕から討って出る事は出来ない。けれど僕の中に湧き上がった恐怖心のような、野蛮なこの野郎っていう気持ちが僕の手に短剣を握らせたんだ。そして僕が刃を引き抜こうとすると、野薔薇がその手で僕を制止した。

 「ダメよ、相手を怖がらせては。魔物にも沢山いるの、コカトリスは悪い魔物ではないわ。」それから大きな鶏だと思えばいいと付け加えて野薔薇はいつも通りの笑みを僕に向けたんだ。 けれども僕の胸は高鳴っていた、コカトリスがいるという事はこの近くにヘンルーダがあるという事だと野薔薇が言っていたのを思い出したから。旅の途中で魔物と戦う事になるかもしれない、その覚悟は常にしていたし、それがヘンルーダを奪い合う競争相手だとしたら負ける訳にはいかないから。

 野薔薇によればコカトリス人間ほどの大きさがあるようだけれど、僕達の目の前に現れたコカトリスは僕の背丈の半分ほどしかなかった。もちろんそれでも鶏と比べたら巨大なのだけれど、まだ子供なのかもしれない。そのコカトリスはまだ僕達には気付いていない、何処か目指して歩いているようだ、ヘンルーダを目指しているのかもしれない。野薔薇がコカトリスの後を追ってみると言った、僕はその野薔薇の後をゆっくりと追っていった。そして僕達はコカトリスの綺麗な羽毛の艶まで目に出来るほどに近寄っていく、そのつぶらな瞳には何処か幼さを感じた。やはり子供なのだろう。それから同時に僕達はとうとう見つけたんだ。それは先程の僕達の位置からは丁度岩の影となって見えない位置に群生していた、ヘンルーダだ。たくさんある。それからあまりに嬉しくて緊張が解けてしまったのかコカトリスは僕達に気付いて逃げていってしまった。

 でもそのコカトリスの逃げ出すその足取りもよたよたと鈍間で頼り無かった。野薔薇と僕は容易にその後ろを追うことが出来た。ヘンルーダは見付けたけれど、しばらくここで暮らす事になるんだ、近くにコカトリスの巣があるなら確認しておきたかったんだって。縄張りがあるとしたら、その領域を侵さずには僕達はこの旅を終えられないだろうから。コカトリスは奥の岩陰に逃げ込んでいった、野薔薇とその後を僕が追いかけていく、そしてその岩陰を恐る恐る覗き込んだところで野薔薇と僕は言葉を失ってしまった。そこには親と思われるコカトリスが二匹、その間にうずくまる様にして先程のコカトリスが震えている。だけど、その親のコカトリスが子供を守ろうと動き出す事はなかった。匂いですぐにわかった、コカトリスの親達は腐ってもう死んでいたんだ。

 野薔薇がその死骸に近寄って死因を確かめた、寄り強大な魔物が潜んでいる可能性もある。だけれどその死骸には傷一つ付いていない、死因はどうやら餓死のようだった。コカトリスはその口ばしで触れるものをすべて石に変えてしまう、その性質の為に口に出来る食べ物と言えば、触れても石と化さないヘンルーダだけなんだって。でもこの辺りにヘンルーダは少ない、僕達が知る限り先程の一箇所だけだ、すぐに食べつくしてしまうだろう。親のコカトリスは子に残り少ないヘンルーダを与える為に自ら餓死の道を選んだのだろうと野薔薇は言った。そして野薔薇は剣を引き抜きその子供のコカトリスへと向けたんだ。

「...え?野薔薇?何で殺しちゃうの?まだ子供だよ?」

 野薔薇の外套を引っ張って制止を訴える、でも野薔薇は聞いてくれなかった。

「そうよ、でも仕方が無いわ。ヘンルーダはアレだけしかありませんし。
 私がここで殺さなくても、いずれは餓死をしてしまうに違いありません。」

「でも何も殺さなくたって!!」

「あなたが助かるのにもあのヘンルーダが必要なの。
 幸い一か月分程はありそうですわ、でも分けられる程の量はありません。」

「...でも、でも、酷いよ。」

「言ったでしょう、冒険家には色々な事があるって。
 これがその色々な事よ、あなたを助けるには必要な事なの。」

「...僕はそうまでして助かりたくないよ!
 こんなひどい事をするくらいなら、冒険家になんてなりたくない。」

「もう遅いわ。あなたはもう立派な冒険者のはずよ。」

 それから野薔薇は刃を振り下ろした。幼い鳴声が岩山に木霊した。


 コカトリスの親子は野薔薇と二人でヘンルーダの近くに埋葬したんだ。可哀想だけれど仕方が無いんだ、生きていく為には必ずしも何かを犠牲にしなくてはならないと野薔薇は言っていた。僕が夢見た冒険の世界というのはこの世界には存在しないのかもしれない、この世界の構成しているものはきっと戦いだ。一見平和に見える場所にも必ず戦いが存在していて、平和だと感られるのはただ絶対的に有利な立場に立っているだけで、戦いが起こっている事にすら気付くことが出来ていないだけなんだ。そうだよ、野菜だって、このヘンルーダだって、生き物なんだ。生きているんだ。

 納得は出来なかった、そうまでして生きて何になるって言うのだろう。僕の夢見ていた冒険生活の旅路ときたらどうだ、何にも無い、何にも無かったじゃないか。あのパダにいた冒険者もただの乱暴物のようにしか見えなかった、野薔薇も結局は平気で動物の子供を殺すことが出来る冷たい人間じゃないか。

 それでも僕はヘンルーダを食べた。僕の病を治すために、戦いに勝つ為に、生きる為に、一体何の為に。僕達がそのヘンルーダの近くにテントを張って、あのコカトリスの親子を殺して二週間が経とうとしていた、僕と野薔薇の口数は少ない、あんまり喋りたくなかったんだ。早くこの生活が終われば良いのにとただそれだけを考えていたんだ。そんな時だ。

野薔薇がフィリモンドを殺したんだ―――。

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次がラストです、二つになっちゃいました...w