エピローグ:ルイネの冒険記『未来』

GM [2012/08/30 15:34]
沢山の事が起こった。
僕は幻滅の連続だった。


空想は空想でしかなく、現実の上澄みをさらったものを僕は見聞きして、
冒険に恋焦がれていた。

冒険は、夢なんかじゃなかった。
つらく、生きるための生活に等しかった。

僕はパダの時から、もう帰りたいと思ってしまっていた。
普段の生活がどんなに楽で、明るくて、絆に満ちているかを知った。
そして過去に戻りたいと願っていた。


でも今は、よくわかる。
冒険とは苦しくつらいからこそ、人を惹きつけるような輝きがあるんだろう。
魔力だ。

ああ。変だな。
あれだけつらく感じたのに僕ときたら、もう、
恋焦がれている。

簡単には達成できないと頭ではわかっているし、
目指す喜びが大きければ大きいほど、それに等しい苦しみがあるっていうことも、
僕は実感した。

だけれども今は、やめておこう。
そう、僕には僕自身に課せられた、進まなければならない"冒険"の道がある。



僕は野薔薇に言ったことがあった。

野薔薇が、・・・フィリモンドを屠った時の話。

悪魔だ、と思った。
ありえないと思った。
どうかこの悪夢から醒めたいと思った。

でも、違った。
僕は温室で育てられ、メリンダが毎日出すハムやソーセージがどこから来ているか
知りさえもしなかった。
それ故に、ぬるい、ただ甘ったれをぬかすだけの、態度を示した。

『僕は何かを犠牲にしてまで生きていたくなんか無いんだ。
 野薔薇や他の大人のように乱暴を働いてまで生きていたくない。』

そう言った。

すまない、野薔薇。
彼女には決していう言葉じゃなかった。
絶対に、言ってはいけないことだった。

僕は彼女の、覚悟を持った優しさについて、利己的で乱暴だと批判したんだから。

利己的なのは、僕自身だ。

何かを犠牲にしてまで生きていたくないんなら、
僕は、ハムやソーセージを食べる前に死ぬべきだった。
病気のせいではなく、意志の話。

僕は、犠牲という言葉を知っていたけれど、責任という言葉を知らなかったんだ。

彼女は、僕という責任を全うしようとしていた。
・・・メリンダも、そうだった。
だけれどもいつも僕は、逃げて、彼女らから逃げて、思いやりを認めなかった。

恩を仇で返していた。
その極めつけが――――今も手に感触が残る。

「エグランチエ・・・」

彼女の脇腹に刺した。
護身のためと彼女から渡されたナイフで、彼女を刺した。

思い出せば息が上がる。
目が開く。
苦しくて悶える。

「ごめん・・・・・・」



扉がノックされる。
僕は我に返る。

「どうぞ」

メリンダだ。

「ルイネ様。エグランチエ様がおかえりなさいました」

僕がここを発つ前よりも、小さく弱く見えるメリンダがそう言う。

「うん、ありがとう・・・」

もう、出会うことはないだろうか。
大好きなひと。
月夜の晩に、はじめて会った。
野薔薇の髪の色を、僕は忘れない。

彼女から、希望をもらった。強さを知った。責任感を見せてもらった。
彼女は強く、優しかった。そして、一途で不器用だった。
僕がもっと大人だったら、もっと、もっと、苦労させなかっただろう。

メリンダが退室した。


僕は、思い出す。

『野薔薇・・・。でも、でも・・・。
 どうしてこんな辛いに思いをしないといけないの?』

『あなたが生きているからですわ』

『何の為に・・・。』
『そんな価値、僕になんてあるはず無いよ。』

『いいえ、この世に生まれたすべての生き物にそれだけの価値があるわ。
 あなたにも私にも、あのコカトリスにも、フィリモンドにも平等に。』

平等の価値。
その中で僕はどれだけ、価値を食べてきただろう。
ということは、食べた分だけ、僕は、価値――責任を意識しなければならない。


羊皮紙にペンを走らせる。
野薔薇に手紙を書くためではない。
今は誰にも、見せない。

旅の途中、野薔薇からかいつまんできいたことを記すためだ。
冒険記ではない。

「さて、と」

椅子から立ちあがり、部屋を出る前に紙を見直す。

要点はまとめた。
あとはここにあることを確認し、調べるだけだ。

僕は部屋を出る。




階段を降り、正面玄関ホールの脇にある待合室へ行く。
ここは来客や外の様子がよくわかるからと、メリンダがいる場所。
僕と彼女しかここに住まないから、メリンダは忙しい。

彼女はここで帳簿をつけたり、記録をつけたりしている。
来客の場合は足元の籠に帳簿を隠し、代わりの読み物を取り出してカモフラージュを試みていることは、とっくの間に知っている。


僕はそんな彼女を見つけた。
メリンダは降りてきた僕を見て、本当に嬉しそうな笑顔を向ける。

僕は本当に、満たされた気持ちになる。
ずっと、守ってきてくれた。

今度は僕の番だ。


「メリンダ。
 僕は父の跡を継ぐ。
 それについて知っていることを、教えて欲しいんだ」


まだまだわからない事だらけだけど、
野薔薇。僕は、冒険するよ。

勇敢を持って。