手紙の冒険記『窓の外』

エグランチエ [2012/06/22 23:21]


『―――はい、御父様』


少女は幼い頃から厳しく育てられた。
言付けを守り我侭を言わない大人しく内向的な人形のような少女だった。

その少女の父親は仕立て屋の長男として生まれた。ふとした偶然から自分の仕立てた衣服が貴族の目に入り、それがたいそう気に入られ貴族の顧客を持つようになった。それゆえか非常にプライドが高く近所には自分もさも貴族の仲間であるかのように高慢な態度を取っていた。まるで町人貴族のような小さい男だった。貴族にはへこへこと頭を下げて隣の家には威張り散らす嫌われ者だった。

そんな父親を持ったが故に少女の躾は厳しかった。いざ貴族の顧客の前に出した時に父親が恥をかかないようにする為だ。そしてあわよくば娘を顧客の貴族のお気に召させて正真正銘の貴族としての仲間入りをしようとしていたからだ。貴族と平民の通婚など今までに例がないが、過去の奇跡から父親は自分の野心に、綺麗な言い方をすれば自分の夢にとても正直だったのだ。

少女は部屋の中で育った。まるで貴族のような豪勢な服を着せられ、貴族のように馬車に乗り、貴族のように学院に通った。父親は厳しかったが父親は父親なりにその娘を愛していたのだ。娘の頬を叩いた事はただの一度も無かった、ある事件が起こるまでは。その少女に平民の男友達が出来たのだ。


『部屋の中で、じっとしていて楽しいの?』『...』『ねえ』『...』『綺麗な服だね』『...』『どうして黙っているの?』『御父様が貴方達の様な人と言葉を交わしてはならないと仰っていました』『どうして?』『...』『ねえ、一緒に遊ぼうよ』『遊...ぶ?』『そうさ、外に出てさ。きっと楽しいよ』『...』『君は僕達の遊ぶ姿を窓からずっと見ていただろう?』『...』『君の名前は?』『.........エグ...ランチエ』


それまで私は外の世界を知らなかった。


―――


魔法?動かない人形?
真っ暗な夜?何の事でしょう?

でも恐らくは子供の文字。以前の手紙と同じ字体。
それほど深い意味が込められた物では無いとは思います。


冒険に出たがっていた、世界を見たい。
以前の手紙からはその思いが溢れ出ているようでした。

私のあの手紙を見て、ルイネ君はどういう気持ちになったのでしょう。
消えてしまった文字の向こうに思いを馳せつつ、筆を取りました。


それにしても、狂気を帯びたノームの気配とははたして...。


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やあ、ルイネ、またあったね。
君が望む限り僕の冒険は終わらないよ。


 だが冒険には危険が付き物だ。旅先で何が待ち構えているかわからないからね。楽しい事や嬉しい事も、辛い事や悲しい事もある。時には何かを失ってしまう時もあるんだよ。ルイネ、聞いてくれ、僕はどうやら記憶を失ってしまった。覚えているのは自分が冒険家である事と自分の名前とルイネとの約束だけだ。

 ハザード河を下っていく中で僕の瓶の船は難破をしてしまったらしい。先の冒険で限界が来ていたのだろう。気づいた時にはオランの川岸に転がっていた、親切な冒険者が僕を助けてくれていなければ僕は命を失っていただろう。その優しき冒険者アレルとタリカの事を僕は忘れない。だが失った物はあまりにも多い。中でも記憶の欠落はあまりにも辛い、君がくれた僕へのメッセージが消えてなくなってしまったんだ。本当にすまない。

 それでももちろん僕の冒険が終わるわけではない、僕に出来る事は旅をする事だけだからね。ルイネ、僕の正体が気になるかい?どうして手紙なんかが動くのか不思議に思うかい?だけど考えてみて、手紙はそもそも旅に出るものなんだ、手紙はみんな冒険家なんだ。想像してごらん世界中で色んな手紙が人の手を伝い旅をしているんだ。このオランにも今たくさんの冒険家たちが行きかっている。決して僕は特別な手紙じゃないんだ。

 ルイネ、一つ君にお願いがある。僕にはもう君の名前と君との約束しか思い出せない、だから君が伝えたかった事をもう一度僕に伝えてくれるかい?手紙ででは無いよ、君の口で、言葉で僕に伝えて欲しい。約束は覚えているよ、忘れるものか。月夜の晩に、そうだ、次の満月の夜に大きな銀木犀の木の下で僕と落ち合おう。そしてその時にこの手紙、僕を一緒に連れて行って欲しい。

 今回はもしかしたらルイネが期待したような壮大な冒険は出来なかったかもしれない、でもまた君と言葉を交わすことが出来て本当に嬉しい。ありがとう、ルイネ。


世界はいつでも君を待っているよ。
そうだ、僕の名前は野薔薇というんだ。

満月の夜を楽しみにしているよ。


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私はこの手紙にある魔法を掛けたの。
それは探知の魔法、付与した物の所在を知る事の出来る魔法よ。

タリカの情報は正確です。ですがこのルイネ君の言う場所と同じ場所なのか。
誰にもわからなかったから私は失礼とは思いつつも保険を掛けたのです。

さあ、もう一度、ルイネ君の元へ届けるのよ。
今度のあなたは正真正銘の魔法の手紙なのですから。


―――私はふと窓の外を見ました。そこには夜の帳に浮かぶ月。


私は今でも窓の外に憧れているのかもしれません。
ルイネ君、私はあなたに自分を重ねているのかもしれません。

あなたに世界を見て欲しい。色んな物に触って欲しい。
そしてその喜ぶ顔が見てみたいの。あの時あの男の子が私にしてくれたように。


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エグの描写をありがとうございます!そちらにも顔を出しに行きますよー!
でも先に書き掛けていたこちらを投下であります、エピソード0も(笑)
貴族の子供に自分を重ねるようなRPがしてみたかったのです。

■行動
お手紙のお返事を出します。次の満月の夜に会おうと約束します。
その手紙にロケーションの魔法を掛けます。