『説教部屋』にて

サブGM [2012/08/07 00:24]


"秩序"をもって"正義"を為す――有名な至高神の教え。


オラン市街において、光十字を纏う神官たちは秩序の代名詞である。

神殿への行き来、各所を回っての祈祷や布教、その他雑務など。
そうした神官たちを見かけるたびに、思い当たるふしの有無を問わず、
なんとなく姿勢を正される思いを抱いてしまう市民は多い。




そうした、眩しすぎる光に目を細めるが如き条件反射は、
実は神官たち自身ですら、例外ではないものだ。


初めてファリス神殿を訪れる者はその厳粛さに驚くものだが、
神官といえども生身の人間。

ルーチンワークと化した神殿生活はいつしか秩序ある形だけをなぞるようになり――、
そこから心身の余裕が生まれすぎることは、日常茶飯事だ。
その度にふと光十字を目にしては、これではいけない、と姿勢を正すのである。


だがそれを何度も何度も繰り返すうちに、
背筋を伸ばし自らを律することですら息をするかのごとく、当たり前となってゆく。


『本当に秩序が身についていれば、自然とファリスの教えを体現できるものだ』。
神殿内ではよく耳にする論調のひとつだ。



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「アウラダ、あなたはちっとも身についてないのよ」


アイーシャが説教を始めてから、かれこれ小一時間は経っただろうか。
古くて小さい予備的に使われる礼拝堂、略して説教部屋に呼び出され膝をつくアウラダは、
普段の薄ら笑いは引っ込め神妙な顔で聞いている――ように見える。


「感謝と悩みの声を正しく届けたい、確かに良いことよ。
 それに必死になるのも良いでしょう。
 だけど、肝心のその方法がバカすぎるのよ」

「はい、その通りです」

「・・・あのね、分かってるのなら改めなさい。
 バカによるバカのためのバカ騒ぎなんて、秩序なんかあったものじゃないわ。
 そう無秩序、いえ最早、混沌をもたらしてるの、アナタは」

「はい、そうかも知れません」


ぴし、と若き司祭の眉間の皺が増えた。
この男は、どうしてこうなのか!


「そうかも知れない、じゃあ困るの。
 神の声が聞こえなくなってからじゃ遅いのよ?
 あなた、至高神の信徒だって自覚はある?!」

「もちろん!」

「~~~~~~っ」


ぼふっ。
アイーシャが羊皮紙の束を手近な物置台に叩きつけると、きらきらと埃が舞った。
げほげほ、と咳き込むアイーシャ。


「あー・・・俺ここ、掃除しておきます?」

にこり。アウラダは涼しい顔で、笑みを浮かべる。
薄暗い礼拝堂に差し込む陽がその整った顔立ちを照らす様は、見た目だけは妙に神々しい。
そして、とにかくそれがアイーシャには苛立たしい。


「どうでもいいわよ、どうでもッ!!」

「まあまあアリス様、そう言わずに。
 『整理、整頓、日々の清掃は秩序の始まり』――ってね」

「だーーかーーらーーー、アリスじゃないって言ってるでしょうッ!!!
 げほっ、けほっ・・・・・・ええ、そうね清掃は大切だわ。
 それじゃあこの棟の掃除、一週間」

「棟ごとですか?」

「あら、もっと広いほうが良かった?」

「いいえ、十分! この棟、好みの子が多いですし」

「なら礼拝堂だけにしておくわ」




このような調子で、アウラダへの罰は増えては減り。
何枚か羊皮紙を消費した上で、いたって最低限のものに落ち着いた。


「じゃ、そういう事だから。贖罪に励むように」

「はい、司祭。
 ――ああそうだ、次の約束――ドタキャンになった勉強会の穴埋めの」


・・・コイツ、まだ根に持ってたの・・・そう言えば、まだ返事してなかった。
ま、そうね、今度こそ性根を叩きなおしてやるのも悪くは――。


「――あれ、もう結構なんで、気にしないでください。
 今日沢山学ばせてもらったぶんで、俺はもう十分ですから。
 それより、司祭の教えを首を長くして待っている子が他にいる・・・って気がするんで」

アウラダは胸ポケットからよれよれの羊皮紙を取り出して、

「これ、例の手紙です。
 もう騒ぎを起こすのも懲りたんで、大事に預かっといてくださいね」

と、アイーシャの手に握らせた。



「・・・・・・・・・そうするわ」


人が約束してやろうと隙を見せればこれだ。本当に油断ならない男。
こんな事になるなら、やはり他の神官もこの場に同席させて徹底的に吊るし上げるべきだっただろうか。
いや――これで良かったのだ。
子供の手紙もこうして公にならぬ形で、自分の手のうちにやってきたのだから。
妙な悔しさは拭えないが。


「じゃ、僕はこれで」

「・・・・・・」

「・・・・・・・・待ちなさい、アウラダ神官」


背中に声をかけると、アウラダは振り返る。


「――――イシュタル。イシュタル=シャルンホルスト。
 今回この程度で済んだのは、彼女のおかげよ。
 
 呼んでも居ないのにやってきて、
 『アウラダに頼んだ自分が悪い』とさんざん繰り返していたわ。
 あなたの友人に、しっかりお礼を言っておくことね」


アウラダの微笑が珍しい形に歪むのを見て、アイーシャはきゅっと目を細めた。




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サブGM(Cocoa)より:

分割せざるを得なそうなので、とりあえずここまで落としちゃいます!
まだ続きまーす!おまたせしてます!

とりあえず手紙はこっそり届いたぞということで(''