ひろがる波紋

サブGM [2012/08/10 21:02]


アウラダの部屋、
窓際に置かれたおもちゃのシーソー。

その右側に置いたピクルス皿を指差して、アウラダは言う。


「そうだな。
 ここに置かれているのは、仮に君の身長分の量のきゅうりとしよう。
 
 さて、これを『秩序ある形』にしたい。
 アリスちゃん、君ならどうする?」


逆光でアウラダの表情はよく見えない。

ニヤニヤ笑っているのか、それとも真剣にこちらを見ているのか。
イシュタルにはまるでその判別がつかない――。



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ジネブラは、朝が楽しくなった。

「おはようございます!
 今日も一日頑張ってくださいね。ファリス様のご加護がありますように!」

近所の人への、いつもの挨拶。

「やあおはよう、神官さん。今日はごきげんですね」

「あ、わかります?」

果物屋の若い男の脳裏に、『もしかして、良い人でも出来たんですか』という質問がよぎった。
しかし神官服に身を包む彼女にそんな事を聞くのは憚られる。

「何か良いことでもあったんです?」

「ええ、見てくださいこの鞄!
 ここのとこ、あたしの名前が入ってるでしょう?
 これ、デザイナーの人が特別に入れてくれたんですよ、知人が頼み込んでくれて。
 すっごく人気のデザイナーだから、まさかこんな風にしてもらえるなんて、びっくりです!」

にこにこと笑う黒髪のジネブラ。

「・・・かわいいなぁ。
 ・・・・・・・・あ、いや、可愛い鞄ですねあははははははは!
 僕もそろそろ新しい鞄を買わなくちゃだ」

「あ・・・じゃあ今度紹介しましょうか? この鞄のお店」

「え、いいのかい?! それは助かりますよ。いやー、うれしいなあ!」


「「じゃあ、また明日」」



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「貸し出しですか? ではこちらに署名を」

ファリス神殿の図書室。
ラーダ神殿などには比べるべくもないが、それでも神殿内の図書室としては立派なものだ。

(あれ、アウグスタ。また試験なんだ)

『課題の締め切りが重なってるらしい』とか、『今はこれにハマってるらしい』とか。
図書室担当にとって、常連の借りる本の内容を確認することは業務の中のちょっとした楽しみでもある。
アウグスタの積み上げた本の量とジャンルは、明らかにテスト前、という風情だった。


「・・・では、お借りしますね。ありがとうございます」

華奢な腕で本の山を抱えて急ぎ足で去っていくアウグスタを見送りながら、係は思う。

(アウグスタは本当に真面目だから。こういうヒトが出世するのは良いことだよな)
(誰かが彼女の勤勉さを見て上に進言した?
 やっぱり見てる人は見てるんだなぁ。いや、神が見てるのか?)
(・・・よしっ、俺も頑張らなくちゃな)

「はいっ、返却ですね? ではこちらに署名を――」

この日、図書室担当の男には珍しく上司に働きを褒められたのだった。



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ファリス神殿と賢者の学院の間に出ているパン屋台は、エグランチエが最近見つけたお気に入りの穴場スポットだ。
というのも、その店のパンは規則正しい時間で行動する神殿関係者があっという間に買い占めてしまい、
何かとルーズになりがちな魔術師達が目にすることなく、いつも売り切れてしまうのだ。
だから、たまたま遅刻した遅い朝に立ち寄って見つけた店だった。
ここのパンはふかふかで美味しいし、可愛らしい猫がいるのも良い。


エグランチエは今日も講義室を一番で抜け出して、それでも駆け足でようやく間に合った。

『アリスのパン屋』・・・? こんな名前だったかしら、このお店。
真新しい手書きの看板にエグランチエは内心首を傾げたが、
急いだことでより進行した空腹の前には、そんな疑問もあっさり吹き飛ぶ。


「やあ、いらっしゃい。
 今日は新作のピクルスパンもあるよ!
 これがさ、世話になった神官の兄さんにアイデアを貰ったんだけど、
 作ってもらったら案外評判なんだ」

「にゃー」

神殿の人たちの好みはよくわからない、とエグランチエは思いつつ、
試しに一つ買って帰ることにする。


「にゃー、にゃー」

ふと見れば、なぜか新しい看板の前で、黒猫が胸を張って鳴いている。
ふふっ、この看板がお気に入りなのかしら?



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 ニコルへ
 
 
 返事が遅れてしまってごめんなさい。
 新しい家ぞくとは、どう? うまく過ごせている?
 そう、努力はたいせつよ、がんばってね。
 
 友だちとけんかしたのね。
 そうね、ケリーはきゅうりをすてるのを今すぐやめなくっちゃいけない。
 正しいことを友だちに教えるニコルは、とってもえらいわね。
 これからもずっとそういう正しい気持ちを忘れないでほしいと、私は思います。
 
 私はそういう時、ありがとうやごめんなさいを言うことにしています。
 だけど、いきなり言うのはとっても勇気がいることだから、むずかしい時もあるわね。
 
 そこで、ある勇敢な神官の話をひとつ、私からあなたたちに教えます。
 そうよ、この話はニコルだけじゃない、友だちみんなに教えてあげて。
 (それから、キライなんて言ってごめんなさいってきちんとあやまること。)

 私の周りにもきゅうりのつけ物がきらいな神官がいてね、困ったものよ。
 だけどね、その神官は友だちを助けるためなら、そのきゅうりを食べてもいいんですって。
 しかも一週間、朝から晩まで、ずうっとよ?

 ニコル、あなたは友だちのために、すてるほどきらいなものを食べ続けられるかしら? ケリーは、バルはどうかしら?
 ニコルが困っているときに、ケリーとバルは食べてくれるかしら?

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司祭アイーシャはペンを置き、窓の外に浮かぶ月を見上げた。

(私なら? アイツのためになんか、人参ひとかけらでも食べてやるもんですか――)

もう、夜も深い。
神官戦士として功績を認められたとはいえ、弱冠16歳。
手紙を書くには遅すぎる時間だが、眠れない夜に何もせずにいるアイーシャではないのだ。



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サブGM(Cocoa)より:

BGMはこれで。
古くてわかりやすい歌ですが、ここはパキっと明るいのもいいかなと(笑)

いろいろ書きたいこと書いてたら長くなりすぎて編集に手間取りました(、、;
次で終わります! 出来上がってるので連投!