and then

JG [2012/10/02 21:16]

 あの日以来、僕は酒を飲んでいない。

ヒューとグラス越しに語り合った、あの日以来だ。

 

───── はねた後、こうやってまた話そう ─────

 

   「・・・あァ、」

 

寝転んで天井を眺めながら、僕はまた、おんなじ返事をした。

僕はあの日以来、ライブどころか、リュートもほったらかしたままだ。


約束は、随分と先延ばしだ。

 

 酒ってのは、悪い薬と一緒で、
回っちまったら、あとはヨッパらったままでいられると思ってた。

それが、あんな急にシラけちまうなんてこと、
おまけに、あんな風に酒がクソまずくなることなんて、あるんだな。

 

『 今日は、そろそろ帰る 』

『 初顔合わせだしな、あんまりずうずうしいのもよくない 』

『 また、連絡する 』

 

ヒューの戸惑った顔が、ひどく他人に感じた。

 

『 ・・・いや、おまえと話せて、いい詩が浮かんだのさ 』

『 ありがとう、よかった、帰ってじっくり、形にしたい 』


『 また、な ─────

 

 

   「・・・またな、」

 

 

頭で組んだ腕も、少し、疲れて痛くなってところだ。

僕は、ベッドから足を下ろした。

 

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 あの日以来、ヒューには連絡してもいない。

ヒューから連絡があれば、ジョージから言伝もあるだろうから、と、
そのまま、今のところ、僕たちは、ぷっつりと途切れたままだ。


 窓から、通りを見下ろす。
もう、日が落ちる。家路を急ぐ人々が、足早に行き交っている。


 僕は今、あの日常の片隅に居る。


草原族であり、冒険者であり、渡世博徒にも片足を突っ込んで、

そして、歌うたい、だ。


とぼけちゃいるが、いやがおうにも、自分が特別になりつつあるのはわかってる。

只の歌うたい、というわけにはいかないことを。


じゃなきゃ、こんなにお天道様を鬱陶しいと感じたりするわけもない。


いろいろやりにくくなった。

だが、いろいろやりやすくもなった。


いろいろ自由も利かなくなってきた。

だが、いろいろ融通も利くようになってきた。

 

 人生は、どうやらツーペイだ。

 

そろそろ支度の時間だ。

僕は手始めに、僕ってカタガキを一旦止めてみることにした。


知り合いの小料理屋に頼み込んで、板前の見習いをやっている。


僕はしばらく、僕なりのカタギってものを身に付けることにした。


ヒューと向かい合って酌み交わすために、

俺の口先が嘘っぱちで終わらないために、

俺は、地に足をつけて、物事を知ることにした。


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 俺は特別なんかじゃない。


 俺は、まずおまえと同じ世間を歩いてみないと、

何を語り合おうが、ホントのことには蓋をしたままだとわかって、

あの日、帰ったんだ。


 JGはできるから、ジャンは特別だから、

相手の事情を知りもしないで、やってみろだなんて言うんだ。

 俺はそう言われたら、どうしたらいい。

 

俺がなんでもないと思っていることを、
おまえのなんでもないと一緒にしちゃ話にならん。

俺が高いところから飛び降りるのになんでもなかったからと言って、
おまえにも大丈夫だから飛んでみろって言ってるようなもんだ。

そりゃ、そんな悠長なこと言ってられずに、
無理やりにでも飛び降りさせなきゃならないときも、
短くはない人生の中、一度や二度はあるかもしれないがな、

少なくとも、お前と酌み交わしたあの日は、そんな日じゃない。

自分はバクチに勝ったからって、
お前も勝てるからやってみろよ、

そんな胡散臭ェヤツの話、どう聞けってハナシだ。

良かれと思ってだと・・・そんなのが、一番タチが悪い。

挙句、やればできるなんて尤もらしい煽りが、一番クソだ。


だからってな、はじめっから一から十まで、
当たり前に相手がご膳立てしてくれるハナシなんてのもねえよ。


お前がせこい傍観者で終わるかどうかなんて、
ほんの小指の先ほどの、たったそれだけのモンだぜ。

そのたった小指の先っちょほど、こっちに顔を近づけてみろよ。


そして言うんだ。

 

   『 and then ? 』

 

お前が引き出すんだ。

高いところから安全に飛び降りるためには、

バクチにどうやって勝つのか、

噺家がどう面白いのか、


俺も訊くよ、

今日のテンポがどこで乱れたのか、

リズムを楽しめたのか、

俺の詩は伝わったのか、


お前がくれた、手紙のように。


興味を失うのは、俺がつまらない話をした後だっていいだろう?


友達だ、それぐらい付き合えよ、今度は。


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 よう、ヒュー。

つまんねえことで悩んでるらしいじゃねえか。

オレは煮物の加減で四苦八苦してるところだ。


誰しも、母ちゃんか誰かの真似事から始まるだろ。


どんな偉大な画家でも、だいたい真似から始めてるだろ。


 好きなだけ、真似たらいい。


納得いくまで真似たら、これ以上真似ようがないとこまでいけたら、


真似事しかできない、なんてセリフは、そこまでやってからだ。


真似事ってのは、そんなに浅くないぜ。


クラシックオーケストラなんて、壮大なコピーバンドだからな。

 

 要は、なんのために真似てんのかってことだろ。

 

 一生懸命、真似たらいいさ。