jam session
もう少しで、チューぐらいまではいけそうだった。
遅れること30分。30分ぐらいだと思う。僕の尺度で。
日が暮れた。
どうせならカフェなんかじゃなくて、バーでひっかけりゃよかった。
だが、カフェの方がピュア・クオリティが高いのも事実。
バーだと話は早いが、難度としてはカフェの方がイージーである。
ただし、最終的な到達点をどこに設定するかによって、その緩急のバランスは
どうでもいい。僕だってキメ球を焦ることぐらいある。
「ヒョー・・・ヒュードル、ゲル! 僕だ! 火急の用事で遅れた!」
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明らかに、むくれている。
テンポに厳しいだとかのたまってたから、時間に厳しいタイプなんだろう。
「・・・悪かったって。
お前だって言ってただろう?
完璧なリズムは・・・なんだ、人間的じゃない?だとか、腐ってるだとか、
そう、緩急だよ。緩急。
待たせることが、空腹は最大?最高?の調味料?材料?
いい、いいそんなことは、小さい、ちいさい!
それよりなに? ここんちはなに、お客にお茶も出さないの?
いい、いいって、飲んできたからいい、いいって!」
話題をズラして、仕切り直した。
「んっ」
って、ヒューが言った。なんだ、なんかキモイ。挙動がキモイ。
「・・・ん、よぅ・・・ょおこ・・・んッ・・・ぉこそけ、ンッ・・・」
「 ん? なんて? 」
「・・・ンンンッ、けン、ンンッ、けんとゥヌマ、もぅいっかい、ンンッ、」
「 沼? 」
「ウ、ンン、けんとうのまノまイェイ、」
「 ウン、イェイ? 」
「 ようこそけん とうのま イェ! 」
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「 拳闘・・・!?
ジ ョ ー ト ー だ !! や っ て や ん よ ッ !! 」
そこまでケジメつけてぇってんなら仕方ねえ、拳で語ってやんよッ!
僕はファイティングポーズを取って、シッシシッシやった。
てめえのガラスジョーに、必殺のガゼルアッパーお見舞いしてやんよォッ!
「 ホラぁッ!!! アゴがお留守だよォ・・・ッ!! 」
ペチンッ、となって、僕らは、仲直りした。
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「・・・なるほど、この鍋やらタライやらは、そういうことか。」
そう言えば不自然に並んでた食器やらなにやら、
僕はてっきり雨漏りの酷い家なんだと思い込んでた。
「打楽器、リズム楽器の使い手ってのは、その携行性やらメロディ云々から、
確かに、冒険者兼業の詩人にはなかなか見られないな。
居ないこともないが、木琴使ってるのだとか、小太鼓背負ってるのだとかな、
だけどもしっかり合わせられるドラマーってのは、知り合いにも少ないな。
だいたい、オレがやってるオンガクも変わってっからな。
そこらの吟遊詩人がチロチロボソボソやってんのが、お上品でフツーだ。
オレは違うぜ。ギャーンとやって、バーンとでっかい音大会の頂点に居る。
オレはそういう世界のイキモノだ。
それでも、ほとんどのひとは、ただの騒音、ノイズだと言う。
そうさ、まったくその通りだ。
やつらにとっちゃ、下品で繊細さに欠け、情緒の緩急もねえんだとさ。
やつらだって、人数揃えてドーンとでけえ音大会やってると思うけどな。
だけどな、時代が追いついてねえとか、ブンカの違いだとか、
そんなクソみてえな前置き、どうだっていいんだ。
あるひとにはクズで、あるひとにはカネで、あるひとにはもはや宗教で、
音楽なんて、そういうもんだろ?
だから、お前は、テンポで気持ちよくなりてぇってんなら、
なれよ。
ちょっと叩いて見せろよ。
オレも付き合ってやっから。」
って、言ってんのに、また能書き垂れようとだらしねえ口開け始めるから、
「いい、いいやってみろ、いいって、じゃあオレについてきてみろ、」
とりあえず、やってみろって。
http://www.youtube.com/watch?v=AT9rSGm0OgI
「そうそう、そんなカンジでいこうぜ ───── 」
カチャカチャポコポコひでえもんだが、
「・・・テンポにうるせぇってな、ダテじゃねえってか、」
なかなかキモチのいいリズム持ってんじゃん。
さっきまではキモチ悪かったが、いい顔で笑えんじゃん。
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「ヒュー、おめえのセンスはよくわかった。
悪くねえ。続けりゃそのうちモノになりそうだ。」
それは良いとして、
「おめえの詩人としてのセンスは、壊滅的だな。」
ヒューからの返信をぺらぺらとやって見せ、
「これはどっかタテ読みしたら面白くなるのか?」
これに曲をアテろって言ったら、作曲家が自分探しの旅に出ることになる。
「 いいか、
不可思議なカンジで上っ面だけそれっぽく気を引こうとしたってダメだ。」
お前だけわかってるようなのでもダメだ。
「オレたちのオンガクは、もっとストレートに庶民を刺激しなきゃだめだ。
そうだな、例えば・・・」
僕は、ヒューをしげしげと眺め倒しながら、口ずさむ。
「・・・ホントはわかってた、気づいてた、
認めなくちゃイケナイ、自分自身へのカクメイ、
他人から言われる前に、それが始まりの合図、
俺は大陸生まれ、都会育ち、
ハゲそうな奴は、だいたい友達
ハゲそうな奴と、だいたい同じ
ドラムも叩くが、頭も刺激する、
あきらめないで、叩き続ける・・・」
口ずさんでいるうちに、なぜかボクシングのように激しく手が交差し、
右に左に体が揺れ、チェケラッチョという不可解な言葉が飛び出る。
「・・・例え、例えばのハナシだ、
お前の身体的特徴についてチェk・・・茶化しているわけではない。
まあ待て、これがオレの知り合いのアレルというヤツになると、だ、
ハゲてる奴と、だいたい同じ
オレがアイツを、おいアデラ○スって呼ぶと、
ア○ランスじゃない、アレルですってしつけぇんだアイツ・・・
もとい!
要は、言葉のリズムをもっと活かせって言ってんだ!」
よし、じゃあ、行くぞォ、お前の本当のセンスを試すゾ!!
「 例えば、だ、オレがこう言う ─────
シノギを削ったあの攻防戦 今なお続くここは最前線
刺すか刺されるかそんな雰囲気 U字カウンターに集う野獣ども
店の中から聞こえてくるよ、魂の叫び、並ください!
つゆだくで!」
「・・・」
「 つゆだくで!! ハイッ!! 」
「・・・ハイ、つゆだく一丁・・・」
「遅いッ!!!」
「・・・すみません・・・」
「謝らなくていい!謝るな!テンポが乱れる!お前はテンポだけ考えろ!」
「つゆだくで!」「ハイつゆだく一丁」
「そうだ! ねぎ抜きで!」「ハイねぎ抜き一丁!」
「つゆだけで!」「つゆ、え?つゆだけ・・・」
「考えるな!感じろ!つゆだけで!」「ハイつゆだけで一丁!」
「ちょっとリズム乱れたな!だがそれがいい!汗だくで!」
「ハイッ!汗だく一丁!!」
「ノッテきたぞ!! 痩せようと!」「ハイ思うだけ」
「いいぞォ!! お前はもう!!」「ハイッ死んでいるッ!!」
「 ブッラァーボッ!! よーし、そこまで!!」
スタンディングオベーション。
「いいぞ、いいね、ヤバイね、ヤバイよ、キてるね、キてるか?
逆にキてないね、むしろイっちゃってるね、向こう側にイっちゃったね!」
僕は興奮して、小躍りした。
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「どない?」
ひとしきり落ち着いて、僕はヒューに尋ねた。
「音楽は魔法だって?
よしてくれ、ミュージックをあんなもんと一緒にしないでくれ。」
勝手に棚からおろしたブランデーをあけながら、
ヒューが鳴らしていたグラスの二つに注ぐ。
「オンガクってのは、数学で、科学なんだそうだ。
オレにはさっぱり、これっぽっちもわかんねえが、そうなんだと。」
ブランデーはいい。そこらにほっぽってても、さほど不味くならん。
「オレはムカシ、お前とおんなじような疑問にあたってる奴に、
音楽で世界は変えられるかって言う奴に、言ってやったことがある。
バカ言うな、変わるわけねえだろ。
オンガクにタイソウな幻想抱くのもタイガイにしろってな!ギャハハ!
だけどな、隣に居るやつぐらいなら、変えられるかもしれねえな。
隣の奴が変われば、その隣の奴にも、なんかちったァ影響あるかもな。
そうやって、なんかの波が、直線でも、円でも、伝わっていきゃあ、
変わんなかったもんが、変わることはあるかもしれねえな。
でもだからって、それが音楽で、ってのは思い上がりが過ぎるぜ。
変わったのは、そいつの中に、変化を望む自分が居たからだ。
音楽は、そこをちょいと揺さぶって、起こしてやるぐらいのモンだが、
・・・たまにな、誇張して肯定しちゃったりしてな、
それでカンチガイして、ヘンな勇気を与えちゃったりすることもあるから、
そうだな、じゃあ精霊魔法ぐらいの力はあるかもな。」
無から有を生むことはない、そういうこった。
「むかし、或るミュージシャンが言った。
今のお前になら、なにか分かるんじゃねえか。」
『 音楽に打ちのめされて 傷つくヤツはいねえ 』
「 乾杯 」
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PL:
ヒューと友達になってやる。