talk session
JG
[2012/07/27 15:27]
「おい、水飲め、みず、」
せっかくのお前とのトークが、酒に溶けて小便に流れちまったら勿体無い。
「オレも算数のことはサッパリだ。」
ヒューはリンゴの例え話をしだして、
急に真理を突いたとでも言いたげな、得意面をして見せた。
こいつも酒で気が大きくなるタイプなのだろうか。
印象的なキョドリは、もうかけらも浮かんでこない。
「とにかく、数字の世界におけるガイネンってヤツは、
よぉく考えれば考えるほど、得体が知れなさ過ぎて恐ろしいもんだ。
その割り切れないリンゴのハナシもそうだが、
虚数ってヤツも相当なアレだぜ。
例えば、あれは駆け出しの頃、
オレのライブステージに、人っ子一人客がこなかったことがある。
一人でもいりゃァやってやるつもりだったんだが、
一人もいねえってんだ、さすがにシビレたねありゃァ。
だから、客は、ゼロだ。
見かけ、はな。
もしかしたら、ゼロどころの騒ぎじゃなかったかもしれねえぜ。
マイナス1、だったかもしれねえ。
だって、開催を諦めかけた頃、客が一人やってきたって言うから、
オレぁそりゃもうイキり立って、上等だやってやんよ、ってな、
派手な照明と煙と共に、良く来たなベイベー!
って客席を見たら、やっぱり誰もいねえじゃねェか。
だけど、オレは悟ったねェ。
客は、来なかったんじゃない。
来たけど、見えなかったんだ。
オレは歌ったよ、客の見えないステージでね、大いに歌ったよ。
いつか、オレのライブが、虚数から溢れるまで、
虚数ってヤツに定員オーバーで一泡吹かせてやるまで、
オレは、虚数の向こう側の客のために、歌い続けてやるんだってな。
なんの妄想かって?
違う、
概念のハナシだよ。」
なーんてな。
僕もニヒルに笑ったったぜ。
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リンゴのくだりから、ヒューはやたらでけえハナシに持ってった。
世界うんぬんの切り出しは確かに僕だが、食いついてくるとは意外だ。
割と、コイツはビジョン持ってンな。
「 あぁー、ヒュー、
オレは算数もサッパリだが、ゲージツってやつァもっとサッパリだ。
だから、お前のハナシに上っ面でわかったような顔することもできねんだが、
言ってるこたぁ、わかんなくもねェぜ。
お前が言ってる、人を揺り動かす力、衝動っていう、
あぁ・・・言うなれば、ストイックな探求心?
あの・・・鍛えに鍛え、砥ぎに磨いだ刃物に魅せられるみたいな魔力、
理由を必要としない、感動?・・・そんな感じか。
そうだな、それも世界をブレイブする、一つの姿だ。
大いにブレイブし、価値観をブレイクする力を持っている。
ただな、やっぱそれは、一つの形であり、側面の一つだと思うんだよ。
欲とか、無欲とかは、割と最終的には、関係ねえんだよな。
聖人だろうが、俗物だろうが、実際世界を変えてきたヤツは、どっちにも居る。
それに、世界を変えるヤツってのは、その中心の、本人とも限らねえんだ。
オレは、それが正しいとか、正しくないとか、そんな括りはどうでもよくて、
ただそう信じてる言葉がある。
『 世界を変えられるのは、
自分が世界を変えられると、本気で信じた大バカヤロウだけだ 』
要は、正気だろうが、狂気だろうが、
本気かどうかってことだ。
そうだろう?」
ヒューは僕のグラスにも注いでくれた。こぼれる、もういい、
「 ある日、
だらしねえカッコした小僧どもが、街でいい大人に怒られてた。
キミタチ、もっとシッカリできないの?みっともないと思わないの?
ガキどもはそりゃ粋がったね。うるせーバカ、思わねえよ、ってな。
だけど、小僧の内、一人だけ、そう言わなかった。
カッコ悪いと思ってるよ。全然カッコいいとか思ってねえし。
仲間のガキ供も、ぽかんとしてたな。
別に、カッコ良いとか悪いとかで着てるワケじゃねえし。
"自由"かどうか、だろ。
おれは、こういうカッコで、ささいな自由を楽しんでるだけだ。
その場の誰が、ヤツの言い分を理解できただろうか。
オレは思ったね、あいつはロックだ。
オレはロッカーじゃねえけど、わかったね。
オレの世界の一つが、変わった瞬間だ。
ヤツはさらに続けたよ。
街のお巡りさんを指差して言った。
じゃあアレはカッコいいか、ってね。
ガキどもはそれきたとばかりに、思わねえって合唱したよ。
ヤツは呆れた顔で、仲間だった連中に唾吐いたね。
なんにもわかっちゃいねえな。
制服さんがカッコいいのは、
"不自由"だからさ。」
僕はそこらで、もう一度ヒューとグラスを当てた。
「 つまんねえハナシしちまったけどな、
要するにさ、くだらねえ横並びの価値観から、如何に這い出すかって、
そういうこったよ。
そのリンゴの絵描きもな、てめえでリンゴって価値観で決めてちゃ、
そりゃ見る人間だって、リンゴだって思って見るわな。
こういうとテツガクになっちゃうんだろうが、
それがそもそもリンゴかってところから提起しても面白かったかもな。
誰が見てもリンゴなのと、
それを見てリンゴだと思う人間がいる、ってのは、
まったく別の次元だぜ。
それを見て、誰一人リンゴって思わなかったら、
それはそれだけのモンってこった。
それを見て、一人でもいい、確かにリンゴだって思わせられれば、
いや、そう見える人間と、見えない人間が物議を呼ぶだけで、
すでに世界をブレイブしてんだよな。
そっからブレイクするかどうかは、また別のハナシでな。
ヒュー、お前も言ってやればよかったんだ。
りんごのくだりはどうでもいいけど、お前の青は悪くないってよ。
そしたら、その絵描きの価値観をブレイブしたかもしれないぜ。」
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・・・こいつ、おもしれえなァ。
思ったより、全然話うまいんじゃねえか。
そこで僕は、思った。
「 ヒュー、
もう酔っ払って忘れちまうかもしれねえけど、
そしたらまたそのうち話すから、気軽に聞いてくれ。
だけど、大事な話だ。
見込むのはまだ早いかもしれねえけど、オレはお前を気に入った。
落語って知ってるか。
おう、こないだオレがステージの枕でやったアレだ。
遥か東の国からやってきた、ドマイナーなゲーノーだけどな、
アレは、オレとお前にとっちゃ、なかなかのアレだぜ。
スタンダップコメディアンならぬ、シットダウンコメディアンじゃねえけどな、
コメディだけじゃねえんだぞ。
人を唸らせもすれば、泣かせもし、ぽかんと騙くらかすこともする。
・・・難しいぜえ、究極の話術、地味で辛い芸能だ。
だけどな、そこに、テンポとリズムの、全てがある。
お前の求める、全てがそこで見つかるかもしれねえ。
また、出囃子ってのが粋でな。
ちゃかぽんぽん、ぽぽんぽちゃんちゃん、つっちゃかちゃっちゃ、ってな、
見習いの頃は師匠先輩のために、そういう裏方の仕事もすんだけどよ、
お前なんか、そうとこでも才能出るんじゃねえか。
いやあ、しんどいのは人付き合いもあってな、
そこに関しちゃ、そりゃオトナのガマンてやつにもなるんだけどよ、
それでも、手を出すんなら、この芸能がメジャーになる前の、今だぜ。
下衆な話をすりゃあよ、今やっとけば、上に立つのも早い。
まだ上がそれほど育ってねえんだから。
それに、幸いにも、お前はさほど食うに困ってねえ様子だ。
まだまだ、濡れ手に泡ってな商売じゃねえからな。
じっくり腰据えて、一生モンの職を手に入れる機会かもしれねえや。
お前が真打、師匠、名人なんて呼ばれる時がくるんじゃねえかと思うと、
もうなんか、勝手にワクワクしちゃうけどな!
・・・どうよ、あんまり面白くねえか。
もし興味でたら、オレが世話になってる師匠んとこ連れてくぜ。」
こいつは芽が出る。僕には、確信がある。
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PL:
ヒュー、咄家にスカウト。