すれ違い

アレル=リリー [2012/07/07 03:51]
カツン、カツンと、石畳を歩く。
この道を、このまま奥に行けば、開けた場所に出るはずだ。
周りはどっかから持ってきたんだか分からないような廃材で埋め尽くされていて、
その真ん中に、広場みてぇな空間がある。
男心をくすぐる、秘密基地のような場所だ。
そら、見えてきた。

「・・・・懐かしいなァ。」

目的地に着いて、ポツリと一言漏らす。
昔はよく、ニナと一緒にここで遊んだっけなぁ・・・・
あいつはここが好きだった。
引っ込み思案だったからな。誰も人が来ないここは、
あいつにとっては落ち着ける空間だったんだろう。
んで、俺もそれに付き合って・・・・ここは2人だけの秘密の場所にしたんだ。
小さかったあいつと指きりしたのを、今でも覚えてるぜ。

「・・・ここで逝けるのなら、あいつも本望だろう。」

ポケットの中に入れた護符を握り締めながら、そう呟く。
俺の旧友から貸してもらった、退魔の護符。
なんでもこれを怨霊どもに当てると、やつらは泣き叫びながら
霧散して、天に還るらしい。
詳しい話はしらねぇけど、とりあえずこれを当てればニナはこの世から消えるって事だ。
効果は一回しかもたねぇし、本当は結構値が張る品らしいが・・・・・
旧友のコネに感謝ってとこだな。持つべきものは出世頭の友人だぜ。

「もうそろそろ約束の時間か・・・・・。
あいつは生真面目だからな。時間を指定したら絶対にその時間ぴったりにきやがる。
遅刻もしねぇし、五分前行動もしねぇ。だから、もうすぐ・・・・・」

「アンソニー?」

そら、きた。

ゆっくりと、声がしたほうに振り向く。
透き通った白い体に、俺の記憶の中の昔馴染みとまったく同じ姿。
――――怨霊と化したニナが、そこに居た。

「久しぶりだな。ニナ。」

「・・・・アンソニー、じゃない?」

おどおどとした、小動物みてぇな目が、俺を眺め回す。
・・・やっぱり、わからねぇか。

「アンソニーはどこ・・・・・?」

「いるよ、目の前に。」

「・・・貴方が、アンソニー?
ううん、違うわ。アンソニーはまだ20代だもの。」


「そうだな。お前が死んだとき、俺はまだ20代だった。
あの頃は、俺もやんちゃだったなァ・・・」

「やめて、おじさん・・・アンソニーの振りをしないで・・・」

「昔は良く、中央通の石畳を数えたり、ここで雑談したりして過ごしたよな。
それがどうだ。今では俺も、自分の店を持って、家族を持って・・・・」

「やめて・・・・やめて・・・・・」

「なぁ、覚えてるかニナ?お前がまだ9つだったとき。
近所のいじめっ子にやられて泣きべそかいてるお前を、俺が―――」

「やめて!!!」

突然の大声に、思わず口を噤む。
小動物みたいだった目が、今では猛禽類のように、鋭く俺を睨み付ける。

「アンソニーは、貴方みたいに真っ白な髪じゃない!そんな濁った目なんかしてない!
アンソニーの名前を騙るのは、やめて!!!」


剥き出しの嫌悪感が、俺の肌を突き刺す。
周りの廃材が、がたがたと揺れてる気がした。

「・・・・なぁ、ニナ。本当にわからねぇのか?」

「それ以上喋らないで!それ以上アンソニーの振りをするなら、私は容赦しないわ!」


「なぁ、ニナ、おい。頼むから聞いてくれよ・・・・」

「喋らないでっていってるでしょ!」

「ニナ・・・・」

「黙・・・」


「聞けっつってんだよ!ニナ!!」


今度は俺が、大声を上げる。
ニナの体が、びくっと跳ねた。

「いいか!ニナ!?お前が死んでから、もう30年近くも経ってるんだぞ!?
人間ってのは年を重ねるごとに老いるもんなんだ!
俺が、アンソニーが、昔と同じ姿でいられるわけないだろうが!」


思わず、口調が荒くなる。
ニナは俯きながら、震えていた。

「違う・・・ちがう・・・チガウ・・・・」

「違わねぇ!俺はアンソニーだ!正真正銘、アンソニー=ホプキンスだ!
お前と一緒に楽しく過ごしていた、アンソニーなんだよ!」


「う・・・・ううぅぅぅうぅぅぅ・・・・」


俺の言葉に、ニナは頭を抱えながら呻く。
まぁ、当然だろう。ニナにとっちゃ、信じがたい事実だろうからな。
だから俺は、今度は気遣うように優しく口を開いた。

「・・・なぁ、ニナ。俺が悪かったよ。
お前をおいて、冒険者なんざになっちまった俺が悪いんだ。
親父と喧嘩して、頭に血が上ったんだ。お前の気持ちも考えずに、突っ走っちまった。
手紙もよ、俺の元まで届かなかったから、返事を書きようもなかった。」

「・・・・アンソニー・・・・アンソニー・・・・」

「全部俺が悪かった。申し訳ない、このとおりだ。
・・・・なぁ、ニナ。だからよ・・・・もう化けて出るなんて真似はよせ。
お前が化けて出るほど俺を恨んでたのは仕方ねぇ。
当たり前だわな。誰だって恨むだろうさ。
なぁ、ニナ。これでチャラにしねぇか?俺の謝罪でさ。
俺も出来ればお前に泣き叫ばせたくなんざないんだ。
だから、な?頼むよ、ニナ・・・・」

そう説得しつつも、右手はポケットに入れ、護符を握る。
使いたくはないんだがな・・・・

「アンソニー・・・置いてった・・・・アンソニー・・・・返事がなかった・・・」

「あぁ、そうだな。俺が悪いんだ。全部、全部。」

「アンソニー・・・アンソニー・・・アンソニーアンソニーアンソニー・・・・」


「・・・・・ニナ?」

何だか様子が変だ。
そう直感的に感じた俺は、護符を出して、身構えた。

「アンソニー!置いてった!アンソニー!無視した!
アンソニー!アンソニー!アンソニー!アンソニー!アンソニー!アンソニー!
アンソニーアンソニーアンソニーアンソニーアンソニーアンソニーアンソニー
アンソニーアンソニーアンソニーアンソニーアンソニーアンソニーアンソニー
アンソニーアンソニーアンソニーアンソニーアンソニーアンソニーアンソニー
アンソニーアンソニーアンソニーアンソニーアンソニーアンソニーアンソニー!!!」


目を見開きながら、狂ったように俺の名前を連呼するニナ。
背筋が凍るような感覚を覚える。目の前にいるのがニナじゃないように感じる。
近くの廃材たちが、ガタガタと震えだした。

「アンソニーアンソニーアンソニーアンソニーアンソニー!!!!」

頭を抱えて、ぶんぶん振り回すニナ。
途端、二ナの後ろの廃材が、ふわっと浮いて、俺めがけて飛んできやがった!

「くそったれ・・・・!殺そうとするほど俺が憎いかよ・・・・!
上等だニナ!お前はこの手で・・・・成仏させてやる!!」

そう言い放って、前に・・・ニナの方に駆け出す。
廃材が当たるが早いか、護符がニナに当たるのが早いか・・・・・!
頼む・・・・!届いてくれ・・・・・!





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




石畳の上を、全力で駆け抜ける。
視界にはさまざまな景色が映るが、今はそんなものを気にしている余裕はない。
急げ、アレル。
もっと早く!もっと速く!もっと疾く!

カンカンカンと、石畳を踏む音が耳に残る。
かつてのニナさんとアンソニーさんも、この音を聞きながら遊んでいたのだろうか。
そんな事を考える。

それは、幻。
目の前を走る。小さな子供達。
楽しそうに、顔を綻ばせて走っている。
子供達を後ろから追いかけ、届け、届けと、手を伸ばす。
すると、その幻は消え去った。

「・・・・次は、届かせる・・・・絶対に・・・!」

あの子供達の未来が居るであろう場所に向かいながら、そう決意を固めた。








「ハッ・・・・ハッ・・・ハッ・・・・ハッ・・・」

断続的に呼吸を繰り返す。
体から汗が噴出す。水分が失われていく。
体力も底を尽きかけている・・・・・でも、止まれない。
もう少し・・・・あと少し・・・・


そうして着いたのは、まるで秘密基地のような場所。
廃材で囲まれた、小さな広場。
子供達にとっては、十分な広さ。
―――その、真ん中。

「ア・・・・アンソニーさん・・・・!」

初老の男性が、白く透き通った女性と、会話をしている。
いや、あれは会話なのだろうか。
女性のほうは目を見開き、ずっと口を動かし続けている。
それを男性は、身構えながら見続けている。
男性の手には、護符のようなもの。

「あの・・・護符・・・・!」

あれが、アンソニーさんが神殿で手に入れたものだろうか。
だとしたら、まずい。
きっとあの護符には、不死を祓うような効果があるはず。
あれを女性・・・・おそらくニナさんに当てれば、その時点でニナさんは・・・・
それはダメだ。それではダメなんだ。
止めないと。そう思った瞬間。

「――――――――――――――――!!!!」

ニナさんが何かを叫び、それと同時に、後ろの廃材が浮き上がった!
廃材はアンソニーさん目掛け、まっすぐ飛んでいく!
そしてアンソニーさんも目の前に護符を携え、ニナさんに突撃していく!

「ッ!駄目です!!!」

叫ぶと同時に、自分も駆け出す。
間に合うか・・・・・!?いや、間に合うか間に合わないかじゃない!間に合わせる!
さっきは届かなかったこの手・・・・今度は、届かせるために!!

「はあああぁぁぁあああぁぁあぁぁあああ!!!!」

ぐんぐん加速する!あとちょっと!もうちょっと!
届け!届け!!届け!!!

「届けええええええええええええええッ!!!!!」

叫びながら、伸ばす手。
それが、アンソニーさんの持つ護符に・・・・・・届いた!!!
護符を思いっきりひったくり、アンソニーさんを突き飛ばす!
と、同時


ガンッ!!

視界が、赤に染まった。




地面に倒れ伏す自分。
頭を生暖かいものが伝っている感触がする。
近くには、さっき飛んできていた廃材。
視界がくらくらする。

「お、おい!?大丈夫かあんた!?」

近くから、声が聞こえる。
この声は、アンソニーさんだろうか。

「あ・・・・・あ・・・・・私・・・・!」

そしてもう一人、女性の声が聞こえる。
恐らくこの声が、ニナさんだろう。
ぐぐぐっと、体を起き上がらせる。

「・・・・間に・・・あった・・・・・」

呟きながら、アンソニーさんと、そしてニナさんのほうに目を向ける。

「無事・・・ですね、二人とも。良かった・・・・」

「よくねぇよ!あんた、どうしてここに来たんだ!?」

「どうしてって・・・お二人を・・・助けるためです・・・・」

頭から流れ出る血を抑えながら、そう言う。
そして、ニナさんのほうに向き直った。

「初めまして、ニナさん・・・・アレルです・・・・」

「あ、貴方がアレル様ですか・・・!?す、すいません・・・!
私、急に我を忘れて・・・・それで、こんな事に・・・・」


「いいんですよ・・・・仕方のないことです・・・・」

今にも泣き出しそうなニナさんを、たしなめる。
そう、仕方のないことなのだ。
ホーントというのは、生前に強い未練や、恨みを持った人がなるもの。
それ故にホーントになった人というのは、最初は総じて自我を持っていることが多い。
自分の意思で恨みや未練を晴らすからこそ、彼らは無事成仏できるのだ。
しかし、時が経つにつれて、ホーントはその自我を失っていくことがある。
それは、長いときが経つにつれて、恨みや未練という感情だけが強く残ってしまい、
なぜ自分がホーントになったのかという理由を、忘れてしまうからだ。
自らの存在理由を忘れてしまったホーントは、最終的に自我を完全に失くし、
完全な悪霊になる・・・・・そうどこかで聞いた。
ニナさんは、ホーントになってからもう30年近く経っている。
これだけの時間を過ごして尚、完全に自我を失ってないほうが、凄いのだ。

「ニナさん・・・・貴方は、自分がホーントに・・・幽霊になった理由を覚えていますか?」

「え、えっと・・・・いいえ・・・・そういえば、私、何で・・・・」

「だと思いました・・・。
・・・アンソニーさん。貴方は、ニナさんが自分を恨んでいたから怨霊になった。
そう思っているのではないですか?」

「あ、あぁ・・・・そうだが・・・・」

「やっぱり・・・・・貴方達は、どこまでもすれ違う運命のようですね・・・」

苦笑しながら、そう言った。

「それって、どういう・・・・」

「これを見てください。」

口を開くアンソニーさんを制して、自分は懐から一通の手紙を取り出す。
もう風化してしまい、ぼろぼろになってしまった手紙だ。

「それは・・・?」

「これは、ニナさんの部屋から見つかった手紙です。
朗読しましょう。」

そう言って、手紙を広げた。



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アンソニー

私ね、もうあまり長くないみたい。
あ、なんか字が震えちゃってるね・・・えへへ・・・読みにくくてごめんなさい。

お母さんは大丈夫だって言ってくれたけど・・・・私の体だもん、わかるんだ・・・。
私ね、きっともうすぐしんじゃうんだなぁって・・・・そう思うの。

ねぇ、アンソニー・・・いじめっ子のときの事、覚えてる・・・?
私が9つの時、近所のいじめっ子にいじめられて泣いてたら、アンソニーったら、
私を抱きしめて「安心しろ。今度からは俺が守ってやる」って言ってくれたんだよ・・・?
覚えてるかなぁ・・・・?私は覚えてるよ・・・・凄く嬉しかった・・・。
あの時アンソニーに抱きしめられた時ね、すごく・・・胸の奥が暖かくなったの・・・・
私・・・・もう一度あんな風になりたいなぁ・・・胸がポワーって・・・暖かくなるの・・・。


死ぬ前に、もう一度だけでいいから・・・アンソニーに、抱きしめてほしいなぁ・・・・




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・。」

朗読を終えて二人の様子を見れば、二人とも俯き、無言で居た。
二人が何を考えているのか、自分には分からない。けれど・・・・

「アンソニーさん。
ニナさんは決して、貴方を恨んで怨霊と化したんじゃない。
ただ、小さな願い・・・それを叶えてほしいがためにこのような姿になったのです。」

「ニナさん。
貴方が忘れているというのなら、自分が教えてあげましょう。貴方の存在理由を。
貴方は、アンソニーさんにもう一度、抱きしめてほしい・・・・そう願ったんです。
そしてその願いは、未練となり・・・貴方を怨霊へと変化させた。
違いますか?」

「そう・・・私、もう一度、あの感覚を味わいたくて・・・それで・・・・」

「くっ・・・・すまねぇ・・・・!本当に・・・!申しわけねぇ・・・・!」

「ア、アンソニー・・・泣かないで・・・・!
ううん、アンソニーは悪くないんだよ・・・私がわがままだったから・・・・」


「違う・・・違うんだ・・・俺が全部悪いんだ・・・・
くそっ・・・・俺は、なんて野郎なんだ・・・!」

「アンソニー・・・」


二人のやり取りを、見守る。
そこには、先ほどまでのような敵対心はなく、
ただ、互いを思いやる気持ちで溢れていた。
きっと、彼らが子供の頃は、こうやって互いを思いやりながら過ごしていたのだろう。
そう思うと、この光景が、とても微笑ましいものに見えた。

「・・・・では、抱きしめて差し上げてはいかがですか?」

一通り見守った後、そうポツリと呟く。

「え・・・でも・・・」

「そうだ、今のニナは幽霊なんだぜ?抱きしめてやろうにも俺じゃ触ることもできねぇ。」

「そうですね。確かに不可能です・・・・そのままでは。」

ニィっと、口の端をゆがませながらそう言う。

「でも、誰かを媒体にするとしたら?
ニナさんが誰かに憑依し、擬似的に実体を得ることが出来れば?」

「あ、あんた・・・・まさか・・・・」

「そ、そんな・・・申し訳ないです・・・」

「ニナさん。自分は最初に言いました。『出来る限りのことはします』ってね。
・・・自分を嘘つきにしないためにも、ぜひ使ってはくれませんかね。」

そう言いながら、両手を広げ、迎える体勢になる。

「どうぞ。」

笑顔を、ニナさんに向けた。












PL
な、なげぇ・・・・深夜テンションで書ききりました!

護符とかホーントの自我の話とかは完全に作り話です(キリッ