~ 8年前

GM [2012/08/05 13:16]
「実はたまたま、弟子が病気になってしまいましてね。
 いやあ『ただの風邪らしいので治癒はいらないから、休ませて欲しい』っていわれまして。
 弟子に頼んでおいた仕事、・・・儀式の時に使う香を作るんですけど、
 その素材を採るために今日はここへ来ましてね」

ヤーンは竈で温め直されたじゃがいもを、フォークで崩しながらネロリに話した。
大事にとっておいた豚のハムを焼いているジェラルドが、ネロリに話したくてたまらないようにヤーンの後に続いた。

「山の中で人に会うことなんてなかったから、俺おどろいたし嬉しくって!」

ネロリは玉ねぎのスープを、スプーンで掬いかけては手を止め、なかなか食事が進んでいない。

「まあ・・・それでジェリー、あなたどこで蛇に噛まれたの?」

ネロリの言葉に、二人は待ってたと言わんばかりの表情で声のトーンを上げた。

「聞いてくれよネリー!
 狩場に入って、一息つこうって木に寄りかかったんだ。
 そうしたら上からも下からも、蛇が出たんだ。
 あっはっは!蛇だらけの木だったんだ」

ネロリは顔を僅かにしかめた。

「それは・・・いやだわ・・・」

「俺もびっくりしちゃって、早く離れればいいのに、固まっちゃったんだ」

「そうしたら、噛まれたのね」

「そうなんだよ。あいつ――あの蛇が太ももにかじり付きやがって。
 噛まれた後やっと気がついて、慌ててその木から離れたんだ。
 でもその時はまだ足に蛇がくっついてたんだよ!?
 叩いても引っ張っても、離れないの!」

ジェラルドはそれを面白い話のように話しているが、ネロリは痛ましく思うだけだった。

「私がジェラルドさんの声を聞いて駆けつけたときも、まだ蛇がくっついていましたね」

「そうだろ!?」

そういってヤーンとジェラルドは笑いあった。

「太ももだから、自分で吸い出すこともできないし、なんか具合は悪くなってくるしで、俺死んじゃうんだろうかって思ったよ」

その後、ヤーンが偶然にも駆けつけてくれて、解毒の奇跡を施したのだという。

「いやあこれは本当に何かの縁ですね。
 ジェラルドさんも明るいかたですし、こちらの狩場には良い材料も揃っている。
 今日だけといわず、これからもぜひお会いしたいなあ」

「よかった!俺もヤーンさんと仲良くやっていきたいなって思ってたんだ。
 ・・・ああ、この家には酒がないのが残念だ!
 俺も家内も、あまり飲む方じゃないからよく切らしちゃうんだよ。残念だなあ」

「では次回、酒を持ってきますよ!」




以降、ヤーンは月に1度ほどこの狩猟小屋を訪れた。

最初はやはり狩場での素材調達だったが、ネロリとも随分打ち解けてきており、
外へ出るより家の中で話をしたりする時間のほうが多くなっていった。

普段、休日という感覚のない生活をしているジェラルドたちだったが、ヤーンが訪れる日は仕事を休むという決まりができつつあった。

ジェラルドは3日に一度ほどの頻度で、狩った獲物を近くの農家たちの集落へ持って行き、野菜や果物・穀物といったものと交換していた。

それが5日に一度ほどの頻度になりつつあったとき、ある農夫がジェラルドに訊いた。

「おめさん、最近調子悪そうだな、え?どうよ、狩場の方は」

「狩場?なんともないよ」

「だけども、ほれ。最近、あんまりみねえからよ」

「あ・・・、ああ!いやぁ最近は別のこと始めてさ、うん」

「なんだ、新しい仕事か?」

「いや、仕事じゃなくって、勉強かな。字の読み書きを始めたんだ」

「なんだ、えれえことしてんな。・・・そっか、頑張れよ。
 でもほら、おれたちはおめえが持ってきたものじゃないと交換できんからよ、
 嫁さん困らすようなことはならんようにしとけよ」

「あー、大丈夫大丈夫」

「いやなんだ、ほらおれたちも肉食いてえし。がっはっは」

「そうだな!いやあ、申し訳なかったよ」

「事情わかったし、安心だあ。じゃあな」

「うん、じゃ明後日来るよ!」

ヤーンと初めてあって二年が過ぎた、夏の頃。
ジェラルドはヤーンが知っていることに興味を覚え、東方語の字を習い始めた。
もちろんそれは、ネロリも一緒だった。

「おかえりなさい」

まだ日が昇っている夕方、小屋の扉があいた方に振り向かず、ネロリは声をかけた。
字の勉強はジェラルドよりも、ネロリのほうが飲み込みが早かった。

「お邪魔します。おや、奥さん一人ですか?」

「まあ!ヤーンさん!
 ジェ・・・夫はまだ戻っていませんが、・・・どうされました?」

「実は今日近くまで来ましてね。そして伝えたいことがあったもので、寄らせてもらいました」

「あらあら。どうぞ上がってくださいな」

「いえいえ、ここで失礼しますよ。
 そう・・・『ヒキガエルを見たら潰してください』と、ジェラルドさんに伝えてください。
 奥さん、あなたにも。といいますのは、
 私たちの自由の神を冒涜した輩が、このあたりに逃げてきたようでして、・・・」

ネロリはそれを聞いて、ぽかんとした。
その表情を見てヤーンはやや笑った。

「いえ、ともかく、ヒキガエルを見たら、殺してください。
 そして知らない男には、充分ご注意を」

「まあ・・・。はい、わかりました」

ヒキガエルは殺したくないが、ネロリはヤーンにそう言った。
ヤーンは鞄の中から、冊子を取り出してネロリに渡した。

「それと、こちら。
 前にジェラルドさんがご興味持たれておりましたようですので、
 我ら教団の信条を綴ったものを、作りました。ジェラルドさんに渡してください」

「あ、はい・・・」

「ではこちらで失礼しますね。じゃあ」

「お気をつけて」


その後姿を見送って1時間ほどがたった頃、ネロリの夫が戻ってきた。
ネロリはジェラルドに、ヤーンが持ってきた冊子を渡した。

「うわあ、これはまだ、読めないなあ」

「そうね。わたしもまだいくつか、わからないところがあるわ」

「今度ヤーンさんがきた時に勉強しよう」

「そうね」

書いてある物の所々しかわからないジェラルドが、冊子をまだ手放さずにじっと見つめている。
そしておもむろに口を開いた。

「自由の神、か。
 なあネリー。俺たち、この世界の神のことなんてなんにも知らないよな。
 興味もなかったし。
 でもこの神の教えは、俺、好きだな」

ネロリは、やや沈黙の後、口を開いた。

「わたしには、まだ、よくわからないわ・・・」


その次の日、ジェラルドは狩場でヒキガエルを見かけたので、矢を刺して殺した。