~ 5年前

GM [2012/08/05 16:23]
それから、冬が本格的に始まる前に、ネロリは身籠った。
ジェラルドは喜び、暫くは仕事に精を出した。

山菜をとり、狩猟をし、冬に使う薪を割る。
毎日毎日、遅くまで肉体を使った。

ヤーンが来るときは休業としていたものは、今は半日だけの休みをとるようにしていた。

「たくさん蓄えておきたいからね。子供のためにも、ネリーのためにも」

ヤーンはそれを聞くと、手伝いを申し出た。

「お子さんが生まれたら、これからもっと色々と入用になるでしょう」

「ああ、そうだ」

「ジェラルドさん。私はいいお話を持っているんです。
 ・・・おっと、いい意味で、ですよ。
 割の良いお仕事を紹介することが出来るかもしれません。
 モノに困りましたら、ぜひ私に相談してください」

ジェラルドは、頷いた。

そうして冬を越え、春と夏が終わった。
秋が始まる頃、ネロリは近くの農家で出産をした。

「ああ・・・可愛い・・・」

湯で拭われた赤子を、ネリーは見た。

(この子がずっとわたしのお腹の中にいたのね。
 これからは、ちゃんと抱きしめることができるんだわ。
 なんて愛おしいのかしら)

「男の子だねぇ。名前は決めてあるのかい?」

産婆を務めた農婦が、じっと子供を見つめるネロリに問う。
ネロリは疲れて、すぐにいいえと言うことも、首をふることもできなかった。
ゆっくりと出した声はかすれて音にならなかったので、もう一度同じことを言った。

「・・・まだなんです。知り合いに、見せて、その人につけてもらうの・・・」

―――とっても信頼している神官さんなんです

という前に、ネロリは寝てしまった。



ヤーンはネロリの子供に、フランと名付けた。

―――――――――――――――――――

狩猟小屋で3人の生活が始まり、月日が経った。
フランも、ネロリたちと同じ物を食べるようになった頃。

「どうですか」

ヤーンが狩猟小屋にきており、昼寝をさせたフランの顔をじっと見つめた後、ネロリとジェラルドにぼそりと言った。

「うん?何の話だい?」

そうジェラルドが問いをしても、ヤーンはテーブルの上で両手を組んだまま、口を閉じて言いにくそうにしていた。
そののち、組手を外し、ジェラルドに向かった。

「これは私から言うものではないのですが・・・もしご存じないようなら、お教えしておこうと思いまして」

「うん。なんだろう?」

ネロリはジェラルドの古い服からフランの着るものを作ろうと、白く柔らかい石で裁ち線を引いていたが、ヤーンの珍しいその声音に、手を止めゆっくり振り向いた。

「洗礼というものです」

ヤーンが言う。

「私たちの神の洗礼を、フランくんに受けさせませんか?」

「洗礼・・・」

そう呟いたのは、ジェラルド。

「それって、子供だけしか受けられないの?」

「と、言いますと?」

ジェラルドは一回だけネロリの方を見て、ヤーンに言った。

「いや、もし良かったら、・・・」

「あなた」

ネロリは小さく声を上げた。
批判でも賛成でもなく、夫が考えていることにただ驚きを隠せなかっただけだった。

ジェラルドはネロリに頷いて、ヤーンを見た。

「俺も受けたいな、って思うのさ」

それを聞くと、ヤーンの表情は一変した。
非常ににこやかなものになった。

「歓迎しないはずがありません!
 ・・・いやあ、それはそれは嬉しいですよ。
 ジェラルドさん、ぜひどうぞ。
 私たちに、信条を共にする同士が増えて喜ばしい」

ジェラルドは言った。

「ファラリスに幸あれ!」



その1週間後、ジェラルドはヤーンとともにオランへ行き、洗礼を受けて戻ってきた。
ネロリはその後ずっと、ジェラルドからオランの話を毎度聞かされることになる。

「オランは街道を行って数時間だしすぐ行ける場所だ。
 俺は都市なんかに興味はないんだけど、ネリー、違ったんだよ」

「はいはい、それはもう聞いたわ?」

「いいや、まだ伝わってないよ。
 あの教団の立派さはやっぱり、オランだからこそなんだ」

目を輝かせる夫に、ネロリは苦笑した。

「ふうん。それで?」

自分は相槌だけ打って聞き流そうと、ネロリはジェラルドを喋らせた。

「俺は神官じゃなくてただの信者だから、神殿には行けなかった。
 教団がある建物に行ったんだ。
 神殿は、教団に入って信者としてよく働いて認められてから、連れて行ってもらえるらしい」

「まあ。そうなの」

「神殿に行きたいなあ」

「んー・・・。そうねえ」

「ねえネリー。俺、月に1回か2回は、オランに通ってもいいかな?」

その言葉で、ネロリはやっと顔を上げた。
だが言口を開かない妻に、ジェラルドは言葉を続けた。

「ネリーも一緒に行こうよ。見てもらいたいんだ」

ネロリは首を横に降った。

「だめよ。まだフランを連れていけないもの」

まだ1歳ほどの息子に、何時間もかかる道のりを往復させるのは酷だと、ネロリは思った。

「残念だよ・・・。じゃあ俺は行くね。
 自己を高めたいんだ」

「ええ、わかったわ」

現在でも、家事や子育てにおいて力になっていないジェラルドが、仕事の合間に自由にすることをネロリは何とも思わなかった。


そうしてジェラルドがオランに通うようになって2回目で、彼は教団からもらったと、聖印を持って帰った。

「あら。すっかりそれらしくなって」

からかうのか誇らしいのか、ネロリはジェラルドに向かって笑った。

「今度から仕事がもらえるんだ。数時間で終わるような内容で、お金がもらえるんだよ」

ジェラルドはどことなく胸を張ったふうに、ネロリには見えた。

「・・・・・・まあ・・・」

通貨など、ここに嫁いでから見ることは滅多になかった。
使いようがないし、また、それを交換するような取引もなかった。

しかし。
オランに通うジェラルドが金銭を稼いでくるようになれば、話は違った。

「ほら、前にヤーンさんが言ってたの、覚えてない?
 『物が入用になるとき、相談してくれたらいい仕事を紹介する』って。
 その時のとは違うだろうけど、規模の小さい仕事だってちゃあんとお金がもらえるんだ」

「フランの服や靴が、オランで買えるわね・・・!」

新しいタオルにリネン。
食器は貰い物があるからいいが、ちゃんとしたペンとインクと、羊皮紙も欲しいとネロリは思った。


そうしてジェラルドは、順調に教団に通った。
最初に通って3ヶ月たった時、週に1度の頻度になっていた。

ヤーンとは教団で会っているといい、実際この狩猟小屋にくることはかなり少なくなっていた。


ネロリは、ジェラルドが教団に通うことを頼もしく思うようになった。
悪い意味で子供っぽい言動があった夫から、それが抜けてきたと感じていた。

今まではほとんど常に一緒にいたが、離れる時間が出来たこと、またジェラルドの変化もあってネロリはジェラルドに対して優しくなれたし、それをジェラルドが感じ取ってネロリとフランを大事にしていることから、3人の家庭は円満だった。

だから、ジェラルドがとある事をいった時、ネロリは前向きに捉えることが出来た。

「俺、オランでの稼ぎ一本にしようかな」

フランを先に寝かせた後の夕食時だった。

「それって、・・・狩猟をやめるということ?」

うん、とジェラルドは頷く。

「事実、狩りで暮らしていた時よりも豊かになっただろ?」

ジェラルドは、妻のブルネットの髪を束ねている髪飾りに目をやって、微笑んだ。
ネロリはこの表情が好きだった。

「うん。そうね・・・。
 でも、どうなるの?」

「どうにかなるわけじゃないさ。
 毎日狩場へ出かけていたのが、オランに変わるだけなんだから。
 ああ、帰りは少し遅くなるかもしれない」

「どうして?」

「帰りは疲れているから、ゆっくり歩くかもしれないからさ」

ネロリは笑って、ジェラルドの手に手を重ねた。



フランが2歳になって間もなくだった。

この秋が終わると共に、ジェラルドは狩猟をやめる。
それを、いつも肉と交換していた集落の方に伝えた。

「・・・そうけえ」

農夫たちは言葉少なかった。

「お金溜まったら、馬買いにくるから!そのときは売ってね」

ジェラルドはそう言った。